質的比較分析手法(QCA)でF2層の「心のモヤモヤポイント」を明らかにしてみた
当社ひと研究所では、若者やF2層、シニアといったターゲット研究だけでなく、"人を知るため"の調査データの分析法やアプローチ方法についても研究しています。
本稿では、F2層の「精神的ゆとり」に影響する「心のモヤモヤポイント」を題材に、少数の定性データの活用について「質的比較分析(QCA)」を適用した事例を紹介します。
「QCA」という手法に注目
当社では、テレビの視聴率調査や「ACR/ex」のような定量的な調査はもちろん、生活者へのグループインタビューなどの定性的な調査を数多く行っています。ひと研究所でも、生活者研究を進めていく上で、両方のデータを分析しています。特に定性的な調査では、自由記述やインタビュー内容などの「定性データ」で深い情報が得られる一方、読み込んで分析するには非常に手間がかかります。
また、データが少数なため、統計的な分析が適用できない場合も多いです。
このような定性データにも応用が期待できる分析手法として、近年、質的比較分析(Qualitative Comparative Analysis:QCA)という手法が注目され始めています。
最近では、マーケティングの世界でも応用され始め、ますます注目されていくと思われます。この方法は、通常の統計学的な方法ではなく、ブール代数や集合論といった方法を用いた分析手法であり、小規模なデータのケース・スタディにも適用できることが特徴です。
QCAの特徴 ●分析結果が、複数の「条件式」の形で表わされ、複雑な因果関係を読み解く 大きなヒントが得られる ●集合論やブール代数を基礎としており、データ数が15未満の少数事例でも適応可能 ●分析は「R」や専用のソフトウェア「fs/QCA」で実行可能(いずれもフリーソフト) |
今回、このQCAという新しい手法を用いて、ひと研究所のf2ラボが実施した調査のデータを分析しました。そして、F2層の「心のモヤモヤポイント」※1と、生活上の「精神的ゆとり」※2との関係について新たな知見が得られましたので、その結果を紹介します。
F2層のモヤモヤ要素の確認
まずは今回分析するデータについて確認します。
分析対象20人のうち、8人が「精神的ゆとりなし」と回答していました。まず、精神的なゆとりがある人とない人それぞれで、モヤモヤ要素がどの程度発生しているか、モヤモヤ要素の発生率を集計しました【図表1】。
対象者が少ないため、参考値としての解釈で留めますが、夫、時間、子ども、お金、仕事、いずれの要素をみても、「ゆとりがない人」の方が「ある人」と比較してモヤモヤ発生率が高くなっています。特に、「時間」「子ども」ではそのスコア差が大きく、「精神的ゆとりがない人」では「子ども」のモヤモヤ発生率が100%となっています。
「ゆとりがある人」でも過半数が「子ども」のモヤモヤを挙げている一方で、「時間」のモヤモヤは「ゆとりがある人」では17%に留まっており、「時間」のモヤモヤが持つ精神的ゆとりへの影響力の大きさも推察されます。
これらの要素の複合的な結果として、精神的ゆとりの有無が決まると考えられます。このデータをQCAを用いてより詳細に条件分析をしていきます。
分析STEP1"
組み合わせ条件"を集計
最初に、QCA実行の下準備として、今回の分析対象20人について、モヤモヤ発生状況のパターンごとに、精神的ゆとりがない人の割合を整理・集計しました【図表2】。
モヤモヤ発生状況パターンは、モヤモヤがまったく発生していないものも含めて15パターンが実際に出現していました。「ゆとりなし」は8人が当てはまります。
モヤモヤ要素数が3個以上になるとゆとりがなくなっていく傾向が読み取れますが、3つや4つモヤモヤがあるからといって、必ずしもゆとりがなくなるわけではなさそうです。すなわち、ゆとりに影響を与える"組み合わせ条件"があることがうかがえます。しかし、この表からでは、その"組み合わせ条件"を即座に読み取ることは困難です。
分析STEP2
組み合わせ条件の抽出
QCAとは、このモヤモヤ発生パターンの集計表から、集合論・ブール代数を用いて、人間がすぐに読み取ることが出来ない"組み合わせ条件"を複数抽出する分析です。実際に、ソフトウェアを用いて実行すると、短時間で下記の2つの条件が求められました【図表3】。
20人中8人が「精神的ゆとりがない」状態ですが、その8人中7人が上記の条件1と条件2の、いずれかに該当しています(該当率87.5%)。
まとめると、ここで求められた2つのモヤモヤのパターンが、いわば精神的ゆとりがなくなる2大パターンといえそうです。
分析STEP3
条件を解釈する
得られた条件について、改めて解釈をします。
条件1 「夫」「時間」の2つのモヤモヤが同時に発生すると、 精神的ゆとりはなくなる。 →この条件に当てはまる4人全員が 「精神的ゆとりがない」状態 |
条件2 「時間」のモヤモヤはないが、「子ども」「お金」「仕事」の モヤモヤが同時に発生すると、精神的ゆとりはなくなる。 →この条件に当てはまる3人全員が 「精神的ゆとりがない」状態 |
実際にこの条件にあてはまる人の回答を見てみると、例えば次のような内容が挙がっています。
条件1 該当者の回答例 ●夫が休みの日に家事を担当してくれたら、自分の時間が持てるのに ●夫が土日休みなら、子どもを任せられるのに ●もし夫が気配りできる人なら、怒って何かを頼まなくてもいいのに ●夫がもっと家事育児に協力してくれればいいのに |
条件2 該当者の回答例 ●若い頃もっと勉強していたら、子育てが一段落した時の仕事探しで、役に立つのに ●もし私が仕事をしていたら、もっと自由に使えるお金があるのに ●学生時代に勉強をしていたら、子どもたちを塾に行かすこともせず、家で教えられたのに ●ムダ遣いをせず、堅実なお金の使い方をしていたら、もう少し貯蓄もできるのに |
このように、生の回答データと照らし合わせても違和感のない結果がQCAで得られています。
結果
分析結果から、F2層へのアドバイスをするとしたら
この結果を両方に共通する「時間」を起点に考えると、「時間」に対するモヤモヤのあり/なしで、その他の要素の条件が変わることが分かります。「精神的ゆとりを保つためにどうすればいいか」という観点から言えば、次のようなことがいえます【図表4】。
このように、F2層の「心のモヤモヤポイント」と、生活上の「精神的ゆとり」の複雑な関係がQCAによって明確に見えてきました。20人という少数データでも、このような複雑な条件を導き出すことができるのが、QCAのメリットです。
結果の考察
QCAの結果は、F2層が抱える ジレンマを表わしている
f2ラボが行った定量調査(2017年2月に3,600人を対象に実施)から得られた知見では、F2層の既婚者のストレスの背景には「家族との人間関係」の存在が大きいことが分かっています。また、グループインタビュー中でも、家族とのコミュニケーションが、彼女たちのQOL(生活の質)向上につながっていることが分かりました。
すなわち、F2層は家族の中での役割が大きい分、そこでの自分への承認や充実が関心の中心になりやすいということが、その後のf2ラボの研究で明らかになってきています。 このような背景を考えながら今回のQCAの分析結果をみると、"夫モヤモヤ型"と、"子ども・お金・仕事の複合モヤモヤ型"の違いから、次のような心理が行間から浮かんでくるようです。
夫モヤモヤ型 時間のモヤモヤ=とにかく自分の時間がない! それくらい忙殺されているのに(自己犠牲しているのに) そんな妻を理解してないし、協力もしない夫。 心が荒む一方... |
子ども・お金・仕事の複合モヤモヤ型 子どもにお金がかかるが、そう簡単に仕事に就けるわけ でもない。あのとき仕事をやめなければ。 仕事をして、もう少し自由になるお金もほしい。 満たされない思いに焦燥感が募る... |
このように、QCAで得られた結果は、F2層が抱えるジレンマがよく表われている分析結果といえます。 今回のQCAによる分析では、従来では時間をかけて定性的な読み込みが必要な「心のモヤモヤポイント」に関する自由記述回答を、数学的な方法を用いて手早く分析・解釈することができました。そして、その分析結果は、実際の自由記述の回答内容や、他の定量調査結果とも整合性のある結果でした。 つまり、QCAの分析結果を足がかりにすれば、定性的な読み込みの効率化や、深い洞察への助けになることが期待できます。QCAは、インタビュー調査を中心とした少数データの分析において、インサイトを導き出すために、非常に有効な方法といえます。
今後の展望
QCAをマーケティングデータの実務において応用することは、私たちも研究を始めたばかりです。今回のように、定性データへ応用して解釈のための補助・補強ツールとして用いる以外にも、たとえば、テレビCMやテレビ番組の好意度を高くするクリエイティブ要素の組み合わせを明らかにするなど、幅広く応用可能だと考えています。引き続き、この新たな手法「QCA」を用いて、様ざまな生活者インサイトを発信していきたいと考えています。
※1 心のモヤモヤポイント(モヤモヤ要素) 「最近のあなたのモヤモヤ『もし○○だったら...』『もし○○ならば...』」という自由記述回答から「夫」「時間」「子ども」「お金」「仕事」の5つの要素について、該当/非該当を判定するアフター コーディングを実施(重複判定あり)。
※2 精神的ゆとり 「あなたの現在の生活は、精神的なゆとりはどの程度ありますか」という質問に対して 「ゆとりがある」〜「ゆとりはない」の5段階評価。
[ 参考文献 ]
田村正紀 (2015)
「経営事例の質的比較分析 スモールデータで因果を探る」 白桃書房
豊田裕貴 (2017)
「QCAを活用した顧客セグメンテーション」
日本マーケティング・サイエンス学会第101回研究大会