「桑子アナでテイストを変えたい」「こんなニュース番組誰が見るの? 」「勝算はありませんが、やってみたいんです」こうして「ニュースチェック11」はできました。 NHK坪井蘭平さん

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「桑子アナでテイストを変えたい」「こんなニュース番組誰が見るの? 」「勝算はありませんが、やってみたいんです」こうして「ニュースチェック11」はできました。 NHK坪井蘭平さん

NHK 坪井蘭平

NHK『ニュースチェック11』編集長。1989年、NHKに入局し、鹿児島放送局に赴任。福岡放送局を経て、98年に本部へ異動し『ニュース7』の社会班と国際班に所属。その後『おはよう日本』を経て、『ニュース7』で機動班を立ち上げる。2006年4月にスタートした『ニュースウォッチ9』に携わり、二度目の福岡放送局勤務を経て、『あさイチ』を立ち上げる。『おはよう日本』火曜日の編集責任者を務めた後、15年4月スタートの『これでわかった! 世界のいま』、16年4月スタートの『ニュースチェック11』など、数多くのニュース番組の立ち上げに携わる。

※本記事は2016年6月発売のSynapseに掲載されたものです。


我慢して待つ。ニュースは待てるかどうかが鍵。

― まずはじめに、坪井さんの簡単なご経歴を教えてください。

「僕は記者で入局して、鹿児島と福岡に9年ほど赴任しました。その後、東京で『ニュース7』の社会班と国際班に所属し、『おはよう日本』を経て、『ニュース7』に戻って機動班のキャップをやりました。当時のテレビニュース部長が非常に革新的な人で、とにかく徹底的に視聴率を追求することを求めていました。

『いいものをつくれば視聴率は二の次』と思っていた僕に、その人は"視聴率=支持率"だと。いい放送でも見られなければ伝わらないと。そこで視聴率の取り方を徹底的に研究させられました。実は、その当時のいちばんの腕利きが、番組立ち上げに参加しています。その『ニュース7』を担当した後、『ニュースウォッチ9』『あさイチ』『これでわかった! 世界のいま』『ニュースチェック11』などの立ち上げに加わりました」

― 坪井さんが担当された数ある番組のなかでも、『これでわかった! 世界のいま』についてお聞きしたいです。というのは、国際ニュースは視聴者にとって遠い話なので、伝え方自体がより難しいと思うのですが、いかがでしょうか?

「僕は番組をつくる時、必ず女性を意識します。主戦力にはなりづらいですが、40代以上の女性は時間帯を問わずターゲットに入れて、グループインタビューなどの調査も女性を主体に行います。テレビの強みは、映像と音、情報を組み合わせ、視聴者のみなさんのエモーションに直接訴えるところだと思っています。

そのエモーショナルな部分に厳しいのが女性です。関心のあるニュースのディテールを知りたい欲求は、男性よりむしろ女性のほうにあるように感じます。そこをどうすれば満たせるのかが常に課題です。伝える姿勢も考えます。NHKって、なんか上からというか、お説教しているように受け取られる部分があると思うんです。で、女性は"教えてやるよ"というスタンスに特に敏感で、そのにおいを徹底的に消さないと見ていただけないと考えています」

― それでも、国際ニュースのような視聴者にとって遠い情報を飽きさせずに伝えるのは難しいと思うのですが、他に工夫されている点はありますか?

「ニュースの解説は通常、こういう話を取り上げるので原稿を書いてくださいと記者に依頼して、それらを組み合わせてつくっています。しかし『これでわかった! 世界のいま』は、まずデスクを呼んで制作スタッフ全員で囲み、テーマについて話を聞きます。

その話をもとにメインディレクターが第一稿を書くんですが、それをメンバー全員で、分からない部分を徹底的に議論し、同時にCGなどの準備を進めます。そのうえで放送日前日に、メンバーのなかでもっともニュース制作の経験が浅い30代の女性スタッフに理解できたか聞くんです。そこで『分からない』と言われた部分はつくり直す。視聴者にいちばん近いスタッフが理解できないのであれば、分かりやすくなんかないですから、その時点で全部ひっくり返してしまうのです」

― ネタがなかなか決まらないことも?

「はい。この番組は、基本的に放送週の水曜に何を取り上げるのか決めます。その決定を急がないことを大切にしていました。大がかりな準備が必要な番組なので、いったんネタを決めると差し替えが困難です。番組の責任者としていちばん怖いのは、番組に穴があくこと、制作時間が足りなくてミスが出ることを恐れます。

でも、ニュースの賞味期限は短くなるばかり。CGや小道具が間に合わないことまで覚悟して、ピンとくるニュースが入るまでとにかく我慢して待ちます。ニュース制作は、待てるかどうかが鍵だと思います」

常に変わり続けること。それ以外に番組が生き残る道はない。

― では、本題の『ニュースチェック11』について、立ち上げ時のご苦労やお考えをお聞かせください。

「まず、月曜から金曜の23時15〜55分放送というのは圧倒的に不利な時間帯です。しかも『ニュース7』『ニュースウォッチ9』にはニュースひと筋の職人が多く、彼らが全力で本格的なニュースをつくった後で、また同じような深く掘り下げる形のニュース番組をつくったとしても、視聴者のみなさんに見てもらえる自信はありませんでした。

僕は番組をつくる時、裏番組などと比較して、NHKじゃないとできないことを必死で考えます。NHKには国内だけで50を超える放送局があって、海外の国々と比較しても取材拠点、放送拠点が非常に多いんです。日本全国の各局が、仮に10本の原稿を書いたとすると1日500本もの原稿が集まるわけです。

つまり、それだけ受信料をかけて、人がその場所へ行って話を聞き、カメラを回している。それほどたくさんの情報を持っていながら、視聴者のみなさんは、ニュースよりインターネットに載る情報のほうが早いと思っている方が意外に多くありませんか? ニュースの担当者としては不思議だったんですが、考えた結果、視聴者のみなさんが見やすい時間にあまりたくさんのニュースが出てない、という単純なことに気付いたんです。

基幹ニュースで取り上げられにくい、ショートニュースに本当に情報性はないのか? 深掘りしなければニュースじゃないのか? そう考えて、他の番組が採用しそうにないニュースや、午後の定時ニュースで一度しか放送していないようなニュースをいっぱい並べることを思いついたんです。さらに、前の番組でやっていたネットとテレビの融合というコンセプトも引き継いでいます」

― 『NEWS WEB』のことですね。

「そうです。といっても、ネットユーザーをテレビのニュース番組に引っ張るだけじゃなく、テレビからNHKのニュースサイトにご案内できる番組にしています。ですが、上司に番組の構想を話したら『今の陣容で、しかも40分枠でそんなことができるのか?』と言われました。

さらには『スマホで大量の情報を入手した視聴者が、そんな番組見るの?』とも。だから『やったことないので分かりません。ただ、やってみたいんです』と言ったら笑い出して(笑)。『2月11日のテスト放送でダメだったら、普通のニュース番組に修正するから1回だけやらせてください』とお願いしました。

弊局が圧倒的に取材本数を持っていることと、職員たちが全力で日本中を取材していることを伝えられますし、『ブラタモリ』で人気が出た桑子アナでテイストを変えたニュース番組をつくりたいと話したんです。それで了解してくれました。責任者が当たるかどうか分からないけどつくってみたい、と言って認められるなんて、こんな組織なかなかないですよね(笑)」

― そこからどのように制作していったのですか?

「僕は今年53歳になりますが、『ニュースウォッチ9』をつくってから10年間、色々な番組を立ち上げてきました。このスキルを誰かに全部伝えようと思ったんです。だから2月11日のテスト放送では、若手に『好きにやっていいぞ』と言いました。若手って、普段は『上がやらせてくれない』とぼやく割に、自分で決めたものがノータッチで放送されるとなると意外にビビるんですよね(笑)。

でも放送後に、それが認められると自信に変わる。そのため、テスト放送は若手のセンスのみで演出をまとめました。僕はほとんど口を挟んでいないんです。僕の経験値でまとまりのいい番組にすることもできましたが、お手本のない、新しいニュースをつくるために、口を出すのを我慢しました。だけど、その挑戦が視聴者にも伝わったようで、見守りたいと言ってくれた人もいて、若手が自信を持つこと、持つこと。涙が出るほど嬉しかったですね(笑)」

― Twitterの使い方も興味深いです。ネガティブなツイートも構わず載せていましたよね?

「ネガティブなツイートは今も優先して拾うようにスタッフに言っているのですが、最近は減ってきています。やりすぎると自虐になって気持ち悪いけど、批判を拒絶するとTwitterを都合よく活用していることになるんじゃないかと思っていて。実は、ツイートを参考にして演出を変えている部分もかなりあります。

Twitterは単なる賑やかしになると視聴者に申し訳ないのでギリギリまで悩んだのですが、若い人もお年寄りの視聴者も、誰かと一緒に番組を見ている気になれるという意見があったので採用を決断しました。これからもっとひとり暮らし世帯が増えていくであろうなかで、自分ではTwitterを使わないようなお年寄りの心の支えに少しでもなるのなら外してはいけないなと。

さらに長くやっていくと、ハガキ職人が必要になると言われるのですが、ハガキ職人が増えるほど一般人がはじかれるのも分かってきました。深い意見じゃなくても、『こんばんは』という挨拶だけでも、気軽に発信することが、大げさかもしれないですが、自分が生きていることを再確認できる場になってくれればいいなって思うんです」

― ラジオブースのセットはどういう意図で?

「僕は、キャスターを中心にしてセットを決めるんです。桑子アナはそこそこ知名度があるけど、広いところに立たせたら小さくなってしまう。そこで、寝る前に見るものとして寒々しくないほうがいいなと考えて、思いっきり狭くて、温かみを出そうと。桑子アナと有馬アナが並んで違和感がなく、しかもたくさんニュースを読み上げていく感じは、DJのスタイルならうまくハマると思ったんです。技術陣からは、カメラが回り込めないと非難囂々ですけどね(笑)」

― 番組内で必ず毎日ウェブの画質の粗い動画を流しているのはどういう意図なのでしょうか?

「それは地域の情報ですね。あれには意味があります。ニュースは普通ではないこと、非日常なことを集めて見せるもの。しかも世の中は、刺激や悲惨なことで溢れています。地方のニュースといえば、毎年恒例のお祭りや花鳥風月、そうでなければ大きい事件ばかりが注目されがちです。

でも、僕たちの仲間が全国で取材しているのは、そういう特別な出来事ばかりじゃなく、穏やかな日常の人の営みだったりします。僕は、そうした人々の息づかいを感じられることってニュースじゃないか? と問い直してみたかった。

地方の人のなかには、東京は地方を見ていないと感じることがあるかと思いますが、特別な何かがじゃない、まっすぐな当たり前な人の息吹を取り上げるニュースが、刺激だらけの出来事に囲まれて生きている東京の人にとっても救いや安心になればと思ったのです」

― これから変えていきたいと考えている部分はありますか?

「変えたいと思ったら、翌日には変えます。改編期に何を変えるかではなく、番組の変化は不断に続いていかないと。新しいものはすぐに劣化するのだから、常に変わり続けないといけない。それ以外に番組が生き残る道はありません」

自分のエモーションがピクッと動いたかどうかを最優先する。

― 坪井さんにとってニュースとは何でしょう?

「僕はいつも、死者の数や倒壊した家屋の数が事件・災害の判断基準のすべてであってはならないと考えています。映像のワンカット、インタビューの何気ないひと言で自分の感情がピクッと動いた瞬間を最優先にして、なぜ『えっ!?』と思ったのかを真剣に考え抜きます。その意味を探ることが、僕なりのジャーナリズムに繋がるのではないかと思っています」

― では「報道とは?」と問われたら、そこに何か違いはありますか?

「あまり考えたことはないですが、NHKの報道でしたら分かります。受信料をいただいているわけですから、自分を削ってみなさんの受益にならなければいけない。休みをなくせという意味ではなく、視聴者のために自分が精いっぱいできることを考え続けることが、報道だと思います。

私たちは、ある程度の自己犠牲を常に覚悟しているのです。僕は、何かニュースがあった時にその場にいないのが嫌なので、自分の任地を離れることがほぼありません。古臭い考え方で、絶滅危惧種というより、絶滅種かもしれません(笑)」

― 近年、20代や30代で入社されて報道に携わっている方々は、坪井さんの時代と違いますか?

「まったく違いません。今の子がダメだと思うことは全然ありません。組織人としての残りの時間を、若い子たちに一所懸命種をまこうと思っています」

― 今、報道に携わっている若い世代に、坪井さんはどんなメッセージを発しておられるのでしょうか?

「正しくありなさい、優しくありなさい、できれば強くありなさい。優しさを優先すると不正を見逃したりするので、まずは正しくなければいけない、と話しています。若い子たちはよく理解してくれますよ」

全身全霊をかけて視聴者のためになることを考え続けるのがNHKの報道。

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