【日本人脚本家・小西 未来のハリウッドのいま、日本のミライ】〜 クリエイターを囲い込むNetflix 〜
【小西 未来のハリウッドのいま、日本のミライ】 第1回
今年2月、5年3億ドル(300億円超)という大型契約を結んだ大物が存在する。
実はこの人物、メジャーリーグ屈指のパワーヒッターでも、NFLを代表するクォーターバックでもない。その正体は、ライアン・マーフィー。「アメリカン・ホラー・ストーリー」や「フュード/確執」、「9-1-1:LA救命最前線」といった複数のテレビドラマを抱える人気プロデューサーである。世界190カ国以上で展開するストリーミング配信最大手のNetflixは、このたびマーフィーと専属契約を締結。今後、マーフィーはNetflixのオリジナルコンテンツを立ち上げていくことになる。
今回の契約によって、マーフィーはハリウッドでナンバーワンのプロデューサーとなったわけだが、所詮は一介のクリエイターである。そんな彼が世界のトップアスリートを超える年俸で迎えられたのは、映像コンテンツを取り巻く環境が急変しているからだ。
ハリウッドの脚本家にとって、映画とテレビドラマとの最大の違いは、映画が監督のものであるのに対し、テレビドラマでは脚本家が王様であるという点だ。ドラマの企画を立ち上げるのは脚本家であり、放送が決定すると、自らがショーランナー (※1)を務め、脚本執筆からキャスティング、編集に至るまですべてをコントロールする。各エピソードの演出を手がける監督は、ショーランナー を務める脚本家の意図に沿って仕事をしなくてはいけないので、映画と主従関係が逆転しているのだ。
そして、ヒットドラマの背後には、人気のクリエイターがいる。
シチュエーション・コメディなら、「ビッグバン★セオリー/ギークなボクらの恋愛法則」や「ハーパー★ボーイズ」のチャック・ロリー。女性向けドラマなら、「グレイズ・アナトミー」、「殺人を無罪にする方法」のションダ・ライムズ。スーパーヒーローを題材にしたドラマならば、「ARROW/アロー」や「SUPERGIRL/スーパーガール」などを手がけるグレッグ・バーランティらがいる。本題のライアン・マーフィーももちろんヒットメーカーの一人で、過激な描写と下世話な展開で話題を集めた「NIP/TUCK マイアミ整形外科医」で頭角を現し、高校合唱部を舞台にした青春ドラマ「glee/グリー」でブレイク。現在は冒頭で紹介した作品や、「アメリカン・クライム・ストーリー」など、アンソロジーシリーズ(※2) のドラマをいくつも手がけている量産型クリエイターだ。
かつてアメリカでは、ネットワーク局のみがオリジナルドラマを放送していたが、有料チャンネルやベーシック局、さらにはストリーミング会社が参入するにつれて制作本数が激増し、いまでは年500本前後が制作されているという。注目ドラマの放映権を巡っては、ストリーミングを含めた各局が争奪戦を繰り広げるため、価格が高騰。放送・配信側にとっては獲得が困難になっていた。
そこでNetflixが新たな一手を打った。昨夏、女性向けドラマの女王ションダ・ライムズと1億ドルで契約を結んだのである。作品単位ではなく、クリエイターごと買ってしまったのだ。このニュースはハリウッドで衝撃を与えたが、新たにライアン・マーフィーもNetflixに加わった。いずれも人気ドラマを手がけるクリエイターで、多作である点が共通している。彼らの新ドラマがNetflixでしか視聴できないとなれば、加入者が増えるのは間違いない。また、クリエイターにとっても、広告主の意向や週間視聴率などに囚われず、作品作りに没頭できるメリットがある。今後、他のクリエイターが追従する可能性もありそうだ。
※1 ショーランナー (showrunner)
文字通り、SHOW(番組)をRUN(指揮)する人物のこと。製作総指揮に名を連ねるが、そのなかでもっとも重要な役割を担う。クレジットに表記されている5人前後の製作総指揮のなかで、ショーランナーを務めるのは1人か2人。脚本家チームを率いて、一定の質を維持した脚本を生み出しつつ、キャスティングからスタジオとの交渉、広報まで一手に手がける。ショーランナーの嗜好や長所がそのまま番組の個性となっているケースが多い。
※2 アンソロジーシリーズ(anthology series)
シーズンごと、あるいは各話ごとに異なる登場人物で異なる物語を展開するドラマシリーズ。日本でも有名な「世にも奇妙な物語」、「トワイライト・ゾーン」は1話ごとに異なるストーリーを展開するオムニバス形式だが、マーフィーが得意とするのはシーズンごとに異なるストーリーを綴る形式。1シーズンで物語が完結するため、有名俳優が出演しやすいというメリットもある。「TRUE DETECTIVE」、「FARGO/ファーゴ」などもこれに当たる。