【小西 未来のハリウッドのいま、日本のミライ】〜 「マッドメン」のクリエイター・マシューワイナーが新作ドラマを発表 アンソロジー形式を選択した理由とは〜
【 小西未来 のハリウッドのいま、日本のミライ】 第5回
2007年から計7シーズンにわたって全米放送された「マッドメン」といえば、2000年代を代表するドラマのひとつだ。1960年代の広告業界を舞台に、当時の社会情勢や風俗を忠実に再現する一方で、 異なる時代に現代社会を投影させるSF的なアプローチを導入。テーマにしても、アイデンティティの問題を核に、ジェンダーやセクシュアリティ、人種問題など多岐にわたり、その野心性と完成度の高さから、エミー賞作品賞を4年連続で受賞した傑作である。
その「マッドメン」を生んだマシュー・ワイナー が、新作「The Romanoffs」をひっさげてテレビドラマに戻ってきた。Amazonのオリジナルドラマとして制作される同作の題材は、タイトル通り「ロマノフ家」だ。ロマノフ家とは、1613年から1917年までロシアを統治していた帝室である。だが、これはロシアを舞台に展開する歴史ドラマではないらしい。公式発表によると、「The Romanoffs」は「世界各地を舞台に、ロシア帝室の子孫だと信じる人々を題材に異なる物語を描く現代アンソロジー・シリーズ」だという。ようやく最初の2話を入手したので、さっそくご紹介したい。
Photo: Christopher Raphael
第1話「The Violet Hour」の舞台はパリ。偏屈な婦人アヌーシュカ(マルト・ケラー)は豪華なマンションで一人暮らしている。唯一の血縁であるグレッグ(アーロン・エッカート)と恋人のソフィー は、高慢なアヌーシュカのわがままに付き合わされつつも、家宝の"ファベルジェの卵"とマンションを相続するために我慢をしている。そんななか、新たな家政婦として、アヌーシュカが嫌悪するイスラム系女性が雇われた。新たな家政婦の登場で、物語は意外な方向へ転がり出す。
第2話「The Royal We」の舞台は、一転してアメリカ郊外。マイケル(コリー・ストール)とシェリー(ケリー・ビシェ)の夫婦は倦怠期を迎えている。夫婦でクルーズ旅行に出かける直前、マイケルのもとに陪審員の召喚状が届く。その結果、マイケルが陪審員として殺人事件の裁判に参加する一方で、シェリーはひとりでクルーズに出かけることに。離ればなれになった夫婦は、それぞれの場所で魅惑的な異性と出会うことになる。
Photo: Jan Thijs
1話ごとにまったく異なる登場人物を主人公に描かれる、まったく異なるストーリーだ。いずれも85分程度と長編映画並みの尺で、物語がきちんと完結している。登場人物がロマノフ家の末裔(と信じている) という共通点はあるものの、毎回まったく新しい物語が展開するのである。「アメリカン・ホラー・ストーリー」や「FARGO/ファーゴ」のようにシーズンごとにキャストやストーリーを入れ替える作品は珍しくないが、「The Romanoffs」は完全なアンソロジーなのだ。
ぼくは「The Romanoffs」の大胆さに舌を巻いた。たいていのドラマには、程度の差こそあれ、連続性が存在する。1話で完結するシチュエーション・コメディや刑事ドラマでも、恋愛やキャリアといった要素がシーズンを通じて描かれていくし、登場人物は替わらない。また、最近は「ブレイキング・バッド」や「ウォーキング・デッド」「ゲーム・オブ・スローンズ」のように、長大な小説を章ごとに切り分けたような連続性の高いドラマが人気を博している。そんななか、「The Romanoffs」では真逆のアプローチが採用されているのだ。
「マッドメン」を通じて自らも連続性の高いドラマを手がけた経験を持つマシュー・ワイナー は、ある人気ドラマの演出を手がけたことが構想のきっかけとなったと説明する。
「マッドメン」の番組終了後、ワイナー は「オレンジ・イズ・ニュー・ブラック」のなかの1話の演出を手がけた。シーズン4にあたるこのエピソードは同ドラマの視聴者から高い評価を得るものの、彼の知人たちはすぐには見てくれず、配信開始から3ヶ月ほど経って、ようやく感想を聞かせてくれるようになったという。その理由を問いただすと、ワイナーが手がけたエピソードを理解するために、過去3シーズン分のドラマを視聴する必要があったことが明らかになったという。
「そのとき、連続ドラマについていくことがみんなの負担になっていることに気がついた。それで、閃いたんだ。毎週まったく異なる物語を提供する、昔ながらのドラマ方式を復活させたらどうか、ってね」
毎回異なる物語を提供するアンソロジー・ドラマといえば、SFドラマ「トワイライト・ゾーン 」(1959-1964)が有名だ。しかし、それ以前のアメリカではむしろアンソロジー・ドラマが主流だった。第二次世界大戦後、各局は「Kraft Television Theatre」や「The United States Steel Hour」「The Philco Television Playhouse」「Playhouse 90」といったアンソロジー番組を放映。いずれも劇作家やラジオ作家が執筆したオリジナル台本をもとに、毎週異なる物語を提供していた。「マーティ」や「酒とバラの日々」「十二人の怒れる男」といった映画作品は、いずれもアンソロジー・ドラマのなかで放映されたエピソードが原作となっている。
そして今、マシュー・ワイナー は「The Romanoffs」で、往年のアンソロジー方式を採用した。Netflixのヒットドラマ「ブラック・ミラー」という前例が存在するが、「ブラック・ミラー」がSFというジャンルで括られているのに対し、「The Romanoffs」にはジャンルが存在しない。かつて偉大だった家系に生まれた人々を題材にしている以外は、エピソード間に繋がりがないのだ。いずれも芸達者な役者が繰り広げる大人のドラマで、乱暴に喩えるならば、ウディ・アレン映画が8本並んでいる感じだ。
中毒性の高いドラマが人気を博すなかで、「The Romanoffs」は新たな潮流を作ることになるのか? 視聴者の反応に注目したい。