小西未来の『誰でもできる!ハリウッド式ストーリーテリング術』第5回 物語を魅力的にするロケーションの役割
「一番好きな映画は何ですか?」
映画好きの人なら、おそらく一度は聞かれたことがある質問だろう。
僕の場合、かれこれ40年ほど映画ファンを続けているので、同様の質問を嫌というほど浴びてきた。
それなのに、一度として即答できた試しがない。感動を与えてくれた思い出の映画たちに優劣をつけることなんてできないし、年を重ねるにつれて好みが変わってきているから、改めて見直したら評価が変わってしまう可能性がある。
こんな事情から、人生ベストワンの映画を気軽に挙げることなんてできないのだ。
実は、こうした質問をしてくるのは、会食で同席したり、飛行機で隣同士になったりと、出会ったばかりの人が多い。お互いの自己紹介が済んだあと、僕が映画関係の仕事をしていると知った相手が、会話をつなげるためにこうした質問を投げかけてくるのだ。単なる会話の糸口だから、悶々と悩んだり、言い訳めいた言葉を並べ立ててしまっては、キャッチボールが成立しない。
そこで近頃は「最近見た映画では」とか、「80年代のハリウッド映画では」などと対象を限定した上で、好きな映画を答えるようにしている。
だが、取材の席で同じ質問をぶつけられたときには、もうちょっと掘りさげて答えるように心がけている。せっかくインタビューをしてくれるのだから、相手には可能な限りネタを提供してあげたい。
好きな映画をひとつに絞るのは不可能だけれど、人生のターニングポイントになった映画なら脳裏にやきついているので、それらを挙げることになる。
たとえば、中学2年生のときに見た「刑事ジョン・ブック/目撃者」(1985)という映画がある。
これは「スター・ウォーズ」や「インディ・ジョーンズ」で人気絶頂だったハリソン・フォード主演の刑事ドラマで、僕はそれまでの彼の出演作と同様のエンタメ映画を期待していたのだが、いい意味で期待を裏切られた。
母親と旅行中の少年(ルーカス・ハース)は殺人事件を目撃したことがきっかけで、命を狙われる羽目になる。事件を担当した刑事(ハリソン・フォード)は、裁判が行われるまでのあいだ、少年の身辺警護を行うことになる、というストーリーだ。
はっきり言って単純で、ありがちな物語だ。
だが、この映画がユニークな点は、刑事が母子と共に身を隠す場所がアーミッシュの村というところにある。目撃者の少年とその母親は、現代文明に背を向けて生活をするアーミッシュの人々なのだ。
かくして、喧噪と暴力に満ちた都会からやってきた刑事は、自動車もテレビも電話もない場所での不便な暮らしを強いられることになる。
そこで描かれるのは、コミュニティとして助け合いながら、自給自足の生活を営む美しい人々だ。とくに、1日のうちに納屋を建ててしまうシーンは感動的だ。
はじめは彼らの生活をバカにしていた刑事も、いつしか溶け込んでいくものの、究極的には生まれ育った世界がそれを許さない。
「刑事ジョン・ブック/目撃者」を見た観客は、否応なしに自問することになる。
現代人とアーミッシュの人々、幸せなのはどちらのほうなのか?
僕らは便利さと引き替えに何を失ってしまったのか?
さらに、刑事と少年の母(ケリー・マクギリス)とのラブストーリーも複雑な余韻を残す。
物心ついたときからエンタメ映画一辺倒だった僕は、「刑事ジョン・ブック/目撃者」をきっかけに、映画の世界にはもっと広がりがあることを知った。ファストフードをむさぼっていた自分が、複雑で滋味に富むスローフードを初めて口にしたようなものだった。
この作品をきっかけに、映画の地平が開けたのだ。
ストーリーテリングの観点から「刑事ジョン・ブック/目撃者」に学べることは、ロケーションの大切さだ。
もしアーミッシュの村を舞台にしていなければ、ここまでの深みと奥行きは生まれなかったし、本作がアカデミー賞脚本賞に輝くこともなかっただろう。
映画において、ときに舞台は主人公に匹敵する重要性を持つ。
たとえばラブロマンスの古典「カサブランカ」は、戦時下のモロッコの都市を舞台にしていなければ、緊張感溢れる政治事情や異国情緒を盛り込むことはできなかっただろう。
大都会ニューヨークを舞台にベトナム帰還兵による憤りを描く「タクシードライバー」も、広大なロサンゼルスを舞台にしていたら、主人公があそこまで追い込まれることはなかったはずだ。
物語の舞台はユニークな物語を生み出す上で強力な武器となる。
とくに若い人は、人生経験が乏しいせいもあって、舞台を学校や家庭など身近な場所に設定して物語を展開しがちだ。だが、せっかくフィクションという名の作り話をでっちあげるのだから、日常から離れて派手な嘘をついていいと思う。
幸い、いまではインターネットでたいていのことは調べられる。火星に取り残された男のサバイバル劇を描くSF映画「オデッセイ」の原作『火星の人』を執筆したアンディ・ウィアーも、Googleが最大のリサーチツールだったと告白している。
また、SNSを利用すれば、その道の専門家の助言を仰ぐことも可能だ。
ただし、相手の迷惑となりえるので、アプローチするのはたっぷり調べてからにしよう。あなたが無名であっても、情熱と関心を持っていることが相手に伝われば、時間を割いてくれるかもしれない。
では、物語にどんな舞台を採用すべきか?
あなたのストーリーを面白くしてくれる場所であれば、どこだって構わない。
ただ、可能であれば、あなたが関心を抱いている場所がいいと思う。その場所に興味があれば、リサーチも苦にならないだろうし、独自の視点やあなたの情熱が物語に反映されるだろうからだ。
もっとも思いつきやすい場所は、主人公が働く職場だろう。
たとえ一般的な会社員やOLという設定でも、サラリーマンの悲哀を描く「アパートの鍵貸します」から、ファッション誌編集部の「プラダを着た悪魔」、移動の飛行機と空港がオフィスともいえる「マイレージ、マイライフ」まで、ユニークなものは作れる。
あるいは、異国や観光地で物語を展開させるのもいい。
たとえば、リチャード・リンクレイター監督の「ビフォア」三部作というシリーズがある。ヨーロッパの鉄道で出会ったアメリカ人のジェシー(イーサン・ホーク)と、フランス人のセリーヌ(ジュリー・デルピー)の二人の恋愛を9年ごとに描く珍しいシリーズだ。
第1作「ビフォア・サンライズ 恋人までの距離(ディスタンス)」はウィーン、第2作「ビフォア・サンセット」はパリ、第3作「ビフォア・ミッドナイト」はギリシャが舞台であり、それぞれの土地の風景と文化が、物語のアクセントとなっている。
自分が行ってみたいと思っている場所を舞台に、物語を作ってみるのも面白いかも知れない。
リサーチと称して旅行に出かける口実にもなるし。
さらに言えば、物語の舞台は現在に囚われる必要がない。未来でも過去でもパラレルワールドでもいいし、さらにいえば、現実である必要すらない。
「ロード・オブ・ザ・リング」はファンタジー世界、「マトリックス」は仮想空間、「インサイド・ヘッド」は少女の頭のなかが舞台である。
さまざまな可能性を検討して、その物語にとって最良のロケーションを選んで欲しいと思う。
不動産投資は立地がすべてだと言われるが、物語についても同じことが言えるかもしれない。
<了>