Synapse海外調査部発!インドにおけるテレビの影響力〜ジェンダーの概念と教育から、家族のあり方まで〜
インドのテレビ業界をテーマにした記事で、テレビでの女性の描き方が変わってきていることをお伝えしました。女性の社会的役割が変化するとともに、テレビのコンテンツも旧来の男性目線のものではなく、女性が共感できるようなものが求められてきています。
また、ジェンダーを始めとする、以前はタブー視されていた社会問題にあえて焦点を当てるようなコンテンツも増えてきているようです。視聴者にどのような変化が起きているのでしょうか。
本記事では、Synapse海外編集部が取材した内容を元に、インドのテレビ視聴者の間で高まる問題意識とこれからについてお伝えしてまいります。
1.インドではメロドラマが人気。その背景には・・・
インドの視聴率調査会社であるBroadcast Audience Research Council(BARC)は、2019年9月のインドのテレビ番組のトップ10のリストをリリースしました。そのトップに輝いたのは、インドのテレビチャンネルであるStar+の「Yeh Rishta Kya Kehlata Hai」という番組でした。
「Yeh Rishta Kya Kehlata Hai」とは、インドにおける家族の価値観と個人の信念のせめぎ合いの中でバランスをとろうとしている若い夫婦である、Kartik GoenkaとNairaを中心に展開するテレビドラマです。Mohsin KhanとShivangi Joshiが主演で、月曜日から金曜日の午後9時30分に放送されています。このドラマは2008年9月11日に放送開始以来、11年間も続いており、インドのテレビ史で初めて3,000エピソードを放送した長寿番組です。(※1)
インドではこのような男女関係を描く"メロドラマ"が人気となっており、女性の地位向上、教育、家族の在り方に影響を与えていると言われています。なぜ今メロドラマが人気なのでしょうか。その背景には、インドが抱える社会問題に対してテレビが多角的な視座を提供し、視聴者の間で問題意識が啓発されているという事実がありました。
2.ジェンダーと教育へ影響を与えるテレビの役割>
ジェンダーの問題は世界中で重要なテーマとなっておりますが、インドでは特に顕著です。1992年、ノーベル賞受賞者であるハーバード大学のアマルティア・センは、インドには4,100万人の「行方不明の女性」がいると主張しました。これは女性の存在が人為的に消されていることを指しています。これは根強い男性偏重によるもので、性選択的中絶が広く為されるようになり、人口における男性バイアスは過去20年間で悪化しました。人口だけでなく、インドの少女は栄養面、医療面、予防接種、教育面において差別され、時には男性の虐待により死に至るケースもあります。このような性の不平等は、都市部よりも特に農村部で顕著にみられます。
そうした都市部と農村部のギャップにフォーカスして、ある調査が行われました。シカゴ大学のエミリー・オスター氏とイェール大学のロバート・ジェンセン氏は、ケーブルテレビ導入前後に都市部と農村部の生活行動を調査したところ、ケーブルテレビ導入後の最初の年に変化がありました。避妊薬の使用、妊娠、トイレの建設などの行動が数ヶ月間で変化がみられ、そういった生活行動における都市部と農村部のギャップの45〜70%が、ケーブルテレビの導入によって無くなったのです。
また、教育面でも、ケーブルテレビ導入後、特に年少の子どもの就学率が増加することがわかりました。家庭内で1年以上ケーブルテレビが使われている場合、就学登録への影響は大きくなります。(※2)
また、自律性がアップしたり、暴行や男児偏重意識の減少、また出生間隔が空くようになり女性の就学率の増加、出生率の低下にもつながっていると言われています。ケーブルテレビは貧困などの根底にある構造的な問題を解決できませんが、テレビが女性の意識や行動を変えることで、女性の地位や教育に影響を与える可能性が示唆されました。テレビの導入は、特にジェンダーの問題についてインド社会に大きな影響を与えたと言えます。(※3)
3.家族のあり方を問う番組の登場
インドでは、テレビの個人所有が普及してきた1984年以降からテレビによるエンターテインメントの大衆化が加速します。
1984年、メキシコのテレビ作家ミゲル・サビドは、インドのインディラ・ガンジー首相によってインドに招待され、アジアにおける最初の連続ドラマシリーズに着手しました。サビド氏は、カーストハーモニーや女性のエンパワーメントなどの問題を取り上げたシリーズである「Hum Log」を制作し、5,000万人以上の視聴者を集めました。(※4)
家族計画プログラムとして始まった「Hum Log」は、米国のメロドラマと異なり、エンターテインメントの側面を持ちつつも教育の要素も取り入れていました。"edutainment"と呼ばれたこの番組形式は、インド国内のテレビの商業化につながりました。視聴者やスポンサーからの批判により家族計画のメッセージ性はトーンダウンすることになりましたが、インド国内におけるメロドラマの増加に大きく貢献することとなりました。(※5)
冒頭で紹介しましたドラマ「Yeh Rishta Kya Kehlata Hai」は、個人の意思を尊重するだけではなく、家族を大切にする考え方を広めています。番組中には、結婚式は個人だけで行うのではなく、2人の家族の結婚でもあると伝えました。また、家族の重要性を促進するというストーリーが視聴者から共感を得ています。インドでは、ほとんどの家族が異なる都市で生活しており、家族同士が関係を築くことは感慨深いようです。また、作品を通じて、多くのカップルが愛のために困難を克服するということも学びました。また、男性の高齢者が自分の家族である若い女性に性的ハラスメントをはたらき、それに対して女性が彼に立ち向かう様子を描いた最近のストーリーは、視聴者から高く評価されました。(※6)
このように、ジェンダー、教育、家族の在り方など、インドが抱える社会課題に対して、テレビが視聴者の問題意識を啓発し、改善に貢献してきたと言えるでしょう。
(了)
<注釈>
※1 https://www.timesnownews.com/entertainment/telly-talk/gossip/article/yeh-rishta-kya-kehlata-hai-completes-3000-episodes-lead-stars-shivangi-joshi-mohsin-khan-share-post/487679
※2 http://www.forbesindia.com/article/chicago-booth/televisions-impact-on-the-status-of-women/5362/1
※3 https://www.nber.org/papers/w13305
※4 https://www.bbc.com/news/magazine-17820571
※5 https://books.google.co.jp/books?id=sCIf8MM1ZlAC&pg=PA208&redir_esc=y#v=onepage&q&f=false
※6 https://indianexpress.com/article/entertainment/television/yeh-rishta-kya-kehlata-hai-3000-not-out-5986974/