Synapse編集部が行く!日本アニメの現状 Vol.2 「制作現場の問題と、変革の兆し」

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Synapse編集部が行く!日本アニメの現状 Vol.2 「制作現場の問題と、変革の兆し」

Vol.1に続き、Synapse編集部が取材した内容を元に、アニメの現状とこれからについてお伝えしてまいります。


1.アニメ制作現場の抱える問題

2018年12月に日本動画協会が発表した「アニメ産業レポート2018」に記載された、2017年度のアニメ産業市場規模が2兆円を超えたという記事は、業界内外でも大きく取り上げられました。そんな中にありながら、これだけ隆盛を極めた日本のアニメ業界を危惧する声があがってきているのはなぜでしょうか?

Vol.1でお伝えしたようにアニメファンの多様性への対応により、作品量が爆発的に増え、更に近年は1クール作品など短い話数のものが多いこともタイトル数の急増に拍車をかけています。

一方で、作品の作画におけるクオリティが上がっており、以前に比べ一話にかける制作作業量が劇的に増えています。それらの事情が重なったことによる制作会社のリソース不足と経営悪化、それに伴う制作環境の悪化と若手の人材不足、と問題は山積みです。

2兆円の市場規模というのは、製作委員会が負担している出資金から支払われる制作費、放送枠納入費、グッズ制作費、広告費などから、劇場興行収入、グッズ販売、二次利用などのロイヤリティー、それらの海外市場での売上も含め、アニメ業界関連全体で動いた金額の合計です。

アニメの作品数が増えて、市場が拡大している指標ではありますが、アニメ制作における関連企業がどれだけの利益を上げているかはこの数字からは読み取れません。

近年でも、いくつもの有名作品を手がける元請制作会社や中小の下請制作会社が次々に倒産するという事態が発生しているからです。

作品数の増加により、企画の練り込みや広報も含め、1作品に十分な労力をかけることができず、良質な原作が枯渇し、目新しさや差別化が難しくなり、結果として作品自体の完成度や演出・脚本の秀逸さ、魅力など、作品全体のクオリティを下げてしまいました。

このような環境下ではヒット作が生まれ難くなり、その対応策として、出資側はリスク分散で新しい作品や取扱商品を更に増やす戦略を取り、ますます劣悪な状況が加速していくという負のスパイラルが発生しています。

作品数の増加と制作会社の経営悪化の影響で、アニメ制作者の労働環境の問題も発生しています。

アニメの黎明期において、制作者の労働量は今と変わらずとも、給与面に関しては一般企業よりも多く、労働に見合う賃金を貰えていました。

ところが時代が下るにつれ、作業量が増大した場合でも賃金は上がらず、労働量と給与のバランスは極めて不健全な状態となるケースが増えたようです。

一般社団法人 日本アニメーター・演出協会の「アニメーション制作者実態調査2019」によると、30歳以下のアニメーターの年収が全産業平均よりかなり低く、若手の定着の阻害要因になっていることが容易に想像できます。

これには先述の背景に加え、雇用形態も関わっています。アニメーターは、フリーランスで作品ごとに業務を請け負うケースが多く、ページ数など成果物の量に応じた出来高制を採用している制作会社も多いのが実態です。アニメーターがこれらの状況に不安を感じるのも無理ないでしょう。

若手の離職率が上がることは、有能な人材が他業種に流れることを意味します。本来優秀なアニメーターになる素養や才能のある人材が、アニメ業界から遠く離れた道を選択するかもしれません。

次世代の担い手が減っていく先には、将来的な産業の衰退が待っています。


[問題点のまとめ]
・多様化・作品数増大 ⇒ ヒット作が生まれ難い ⇒ 作品数増加の悪循環
・作画クオリティの向上による作業量の増大 ⇒ それでもアニメーターの賃金は変わらない
・制作会社の経営悪化 アニメーターの環境悪化 ⇒ 若手の離職率の増加 ⇒ 人材不足 ⇒ 将来の産業の衰退危機

2.アニメ業界における変革の動き

多くの問題を抱えるアニメ業界にも、明るい話題やこれを変革しようとする動き、新しい試みもみられます。

数十年間にわたり、一般的に認知されているアニメーターは、手塚治虫や宮崎駿くらいでしたが、庵野秀明、新海誠、細田守といった次世代を担う人材が現れ、宮崎駿でない監督名でも映画館に観客が呼べる時代になりました。ヒットするアニメ映画が毎年生まれています。

また、これまでの慣例を打開し、問題解決に取り組んでいる制作会社も現れています。

2000年に設立し、富山県に本拠を置くP.A.WORKSは、2017年から本社のアニメーターを全員社員に登用、2018年4月には自社内にアニメーター養成所を開所、同年に自社で電子書籍レーベルを創刊。通販サイト「P.A.WORKS SHOP」を運営し、自社商品も販売しています。

他方から出資された資金で制作だけを行うのではなく、自社も製作委員会に入り作品に出資し、作品の権利を持つことで、自社の作品を活用して利益の最大化を追求しています。このようにスタッフの労働環境改善から次世代の人材育成までを考えられる制作会社に成長しているようです。

P.A.WORKSに先駆けて京都に設立した京都アニメーションも、同じように作品の権利を持ち、自社で文庫レーベルを立ち上げて自社企画や原作の権利も確保しつつ、さらに「京アニショップ!」というリアル店舗を作って自社商品を販売し、通信販売も行っています。


3.これからのアニメ業界へ期待されるもの

日本のアニメ制作業界は、制作は一流でもビジネス面では不得意という特質から、出資会社に主導権を握られている構図を継承していましたが、制作の主導権を持って自ら出資を集める流れが少しずつ生まれてきました。

しかしながら、P.A.WORKSや京都アニメーションのように既に歩み出している企業もあるとはいえ、主体性や主導権を持って制作する体制と自社の経済的体力を備え、且つ業界内外と交渉して自社の最大利益を確保する能力を持てるようになるのは容易くありません。

新たに養成所を経営することも一つの案として考えられます。現場を最もよく知り、技術やノウハウを持っているわけですから、その経験を活かして次世代の人材を育成することで、人員リソース不足の問題を解消し、且つヒット作を生んでくれるような才能を生み出す土壌を築けます。

既存の養成所との競合になる上、育成ノウハウというものも試行錯誤して積み上げていく必要があるので、すぐに成果が出るものではないですが、長期的に見た場合、投資の価値は十分にあるのではないでしょうか。

制作費に関しては、クラウドファンディングを活用し、企業からだけではなく、アニメを見ている一般の視聴者から直接出資を募ることができる体制や仕組みを整えていく例もあります。

資金調達の目処が立たなかった片渕須直監督の『この世界の片隅に』がクラウドファンディングプラットフォームのMakuakeでパイロット・フィルムの制作を目的に支援を募ったところ、2,000万円の目標金額を大幅に超えて3,374人の支援者から3,912万円の出資を得ました。こうしてパイロット・フィルムを制作することができ、最終的に劇場公開作品は2.5億円の制作費で27億円を超える興行収入を上げる大ヒットを遂げました。

アニメ制作には、設定資料や版権原画、パイロット・フィルムやキービジュアルのイラストなどをグッズ化してファンに還元出来る素材が多いため、クラウドファンディングのリターン設定もしやすいです。"お布施"と呼んでグッズやDVDを購入する形で作品を支援しているアニメファンも多いので、相性の良さは抜群と言えます。

ちなみに、上記の『この世界の片隅に』でのリターンは、制作支援メンバーにはマスコミより早く制作情報や制作素材が提供されたり、作中のキャラから届く手紙(リアルな郵便ハガキによるメッセージ)やファンミーティングなどのイベントへの参加、本編のエンドロールでの氏名のクレジットといったものでした。

文化庁では、アニメコンテンツや若手制作者への支援や育成事業を行っていますが、根幹を変える程の成果が上げられているとは言い難いかもしれません。局所的な支援ではなく、執行力のある恒久的な制度を整えることが有効なのではないでしょうか。

そういった制度は、制作会社側が自発的に作り機能させるのは難しいため、海外の映画界に存在するような "完成保証会社"を国の支援で作り、まず、完成リスクという最大の出資リスクを回避させることで、制作費の向上を促します。

さらに、アニメーターの最低賃金などを制度化し、労働環境を健全化へと向かわせるようにします。これは、制作費の向上政策と合わせて行うことで、制作会社の負担を増やすことなく、アニメーターの環境改善・人材不足の解消、ひいてはアニメ産業の衰退危機を回避できるアプローチになるのではないでしょうか。


4.まとめ

日本のアニメは、一部を除き、その多くが日本の環境や文化、社会制度を前提に作られた、つまり日本国内のファンを対象として制作されているといった、独自の文化を突き進んできました。

そういった日本のアニメを大好きな海外のファンは大勢いるわけですが、ディズニーやピクサーのように最初から全世界展開を目的に作られているアニメとは趣を異にしていることは否めません。

日本のアニメ業界には、ディズニーやピクサーと同様にとはいいませんが、主体性と主導権を持った強靭な制作会社が生まれることを期待したいところです。

また、ディズニーのように人気スタジオを買収していった先に、年間数本の一球入魂型のアニメだけが生産されていく状況が望まれているわけでもありません。作品数を減らしてクオリティを上げるというのも一つの手段ですが、日本のアニメは多様性が長所でもあるので、作品数を減らすことは望まれていないでしょう。

ディズニーのように、自社作品を中心にした音楽やテーマパーク、ゲーム、グッズなどのさまざまな事業の全てを取り仕切る総合エンターテインメント企業になるか、あるいは巨大企業グループの庇護のもとでアニメを制作するか、はたまたアニメ制作以外の安定した収入基盤を持った上で経営を揺るがされない強靭な体力を持った制作会社を作り上げるか...道はさまざまですが、今後のアニメ業界が衰退することなく発展し続けてくれることを期待しています。


ビデオリサーチでは、引き続き深化しているアニメ産業をウオッチしていきます。


<了>

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