Synapse編集部が行く!日本アニメの現状 Vol.10 「声優の出演料事情」
アニメにとって不可欠な職業であり、最近ではタレントのようにマルチな活躍を見せている「声優」。アニメとともに長い歴史があること、また日本独自に進化したものであることをVol.8でお伝えしました。今回はそんな声優の出演料がどのように決められているのか、日本における声優の出演料事情をお伝えします。(Vol.1、Vol.2、Vol.3、Vol.4、Vol.5、Vol.6、Vol.7、Vol.8、Vol.9に続き、Synapse編集部が取材した内容を元にお伝えします。)
昨今は、NHK紅白歌合戦や人気バラエティ番組、高視聴率のドラマに出演して話題となることが多い声優ですが、Vol.8でお伝えした通り、専業職としての「声優業」が基本的に担っている仕事は、
・アニメ、ゲームなどのキャラクターボイス
・海外の映画、ドラマ、ゲームなどの吹き替え
・テレビ、ラジオ番組、CMなどのナレーション
・交通機関や施設の場内アナウンス
などが挙げられます。
劇団所属の声優は舞台に出演することもありますが、これは「声優業」に含まれません。
近年では声優と呼ばれる人たちが携わる仕事は拡大の一途を辿り、「声優業」以外にも
・アーティスト活動(歌手、バンド、アイドルユニットなど)
・イベント出演(作品のPRイベント、朗読会、声優個人のファンクラブイベントなど)
・ラジオパーソナリティ
・タレント、俳優
・グラビアモデル(雑誌のグラビア、写真集など)
と活動の幅を広げています。
現在これ程までに注目され、憧れの職業となっている声優ですが、かつて賃上げ交渉のためにデモを起こしたことをご存知でしょうか?
1953年のテレビ放送開始後に高まった外画(海外の映像作品)の吹き替え需要や、1963年放送の『鉄腕アトム』からはじまるテレビアニメブームで、多くの声優が生まれ、声優専門のプロダクションも次々に設立されたものの、当時の声優の経済事情は劣悪で、アルバイトをしないと生活できない者が多かったようです。
当時の様子を知る手がかりとなる興味深い記事があります。
『サザエさん』の磯野波平の初代声優として知られる永井一郎氏によって書かれた、文藝春秋「オール讀物」1988(昭和63)年9月号に掲載の「磯野波平ただいま年収164万円」と題された記事です。
人気アニメにレギュラー出演している声優の年収がいかに低いかを打ち明けたもので、記事によると、『サザエさん』の出演料は1本4万3200円、年間52本で224万6400円。年7回の予告編への出演が3万240円(出演料の10%)で、合計が227万6640円。
ここから所属事務所の手数料20%、さらに源泉税10%を引いて163万9181円、という計算で、表題の年収(手取り)164万円となるわけです。
もちろん、永井氏は『サザエさん』以外の仕事もしているので、実際の総年収とは異なるでしょうが、一つの指標として、国民的アニメのレギュラー声優の出演料がこの程度であれば、それ以外はさらに低額であろうことは推して知るべしとの内容となっています。
参考までに国税庁の民間給与実態統計調査によると、上記の記事が掲載された1988年の平均給与額は、384万7000円(税込)とのことなので、当時の声優の家計が、いかに厳しいものだったかがよく判ろうというものです。
永井氏をはじめとする当時の声優たちは、こうした状況を打開すべく、待遇改善のために闘争と交渉を繰り返していました。
1973年7月28日、東京・六本木の三河台公園に集結した声優200人によって芸能史上初となるデモ行進が行われ、同年8月8日には24時間ストライキを決行。これにより出演料3.14倍を獲得。
1978年、外画吹き替えの再放送料を獲得。
1980年のデモ行進と時限ストライキによって、翌1981年にアニメの再放送料を獲得。
1986年には、声優の出演作品における二次使用料に関する獲得運動が展開され、現行の「ランク制」の骨組みが確立。
1991年3月12日、東京・八丁堀の勤労福祉会館での決起集会を皮切りに、800人によるデモ行進、日航ホテルでの記者会見が行われ、同年7月17日、日本俳優連合、日本音声製作者連盟、日本芸能マネージメント事業者協会の三者が、現行の「ランク制」の合意書へ調印。
こうした闘争と交渉の結果、現在では声優の出演料は、「ランク制」と呼ばれる制度で定められています。
これは、俳優の協同組合である日本俳優連合に加入している声優が、立場の弱さから低額での出演を請け負わされないようにするためのもので、日本だけに存在する特殊な制度です。
「ランク制」により、声優の出演料は、
1.基本ランク
2.作品の放送時間(時間割増率)
3.初期目的利用料率
の3要素によって計算されます。
「基本ランク」とは、声優の技量やキャリア、人気などによって毎年4月1日に更新される会員社以外には非公開のランクで、新人はデビューから3年間はアニメ1本につき15,000円のジュニアランクと決まっており、最上位は1本45,000円のAランク、さらにその上に、上限なしの都度交渉可能なノーランクまでがあります。
ランクは自己申告制ですが、原則的には上げることはできても下げることはできず、技量に見合わない上げ方をすると仕事がもらえなくなることもあることから、通常は事務所と相談の上でランクアップが決められます。
「作品の放送時間(時間割増率)」とは、テレビでの放送枠や劇場版で言えば上映時間に当たり、30分枠を基準(1倍)として、60分枠では1.5倍、120分枠では2.3倍、180分枠では3倍などのように割増率が定められています。
「初期目的利用料率」とは、テレビ放送や劇場公開などの利用目的別に利用率を定めたもので、テレビ放送の場合は80%、劇場公開の場合は150%となっています。
さらに、再放送やビデオソフト化、機内鑑賞などの転用に関してもそれぞれ転用料率が定められており、目的利用料率に加算されます。
以上のことを踏まえて、新人声優が30分枠のアニメに出演した際の出演料を計算した場合、
基本ランク ✕ 作品の放送時間(時間割増率) ✕ 初期目的利用料率 = 出演料
ジュニアランク15,000円 ✕ 1.0 ✕ 180%(100%+初期目的利用料率80%) = 27,000円
となり、ここから事務所所属の場合はマネージメント料(20%程度)、消費税、源泉徴収などが引かれるので、手取りは約16,000円といったところでしょうか。
出演料の規定には、セリフ数や配役の質、配役数を考慮する項目は設けられておらず、アニメ1本内では、セリフ数の多い少ないに関係なく、極端に言えば、「はい」の一言であっても出演料は同じであり、主役に抜擢された新人声優よりも、1カットしか登場しない脇役を担当するベテラン声優の出演料の方が高くなるケースもよく見られます。
また、出演声優は新人やベテランに関係なく、「ガヤ」と呼ばれるエキストラ的な声の収録に参加したり、配役リストに記載されない脇役を多数演じたりすることも多いのですが、何人演じても、アニメ1本における出演料は変わりません。
ただし、これらの規定はアニメや映画などにおける出演料におけるものであって、ゲームの収録やナレーション、アナウンスの他、当然ながら声優本来の仕事ではないアーティスト活動やラジオパーソナリティなども対象外となっており、規定外での報酬額は千差万別となっています。
いかがだったでしょうか?
日本における声優業というのは、日本独自の発展を遂げたユニークな職業であり、その出演料事情もまた、日本独自に生み出された特殊なものとなっています。
それは、先人たちが苦労の末に勝ち取り、築き上げてきたものであり、現在の華々しい声優人気や声優業界の発展が、その恩恵の上にあることを知ると、また違った印象で見えてくる気がします。
<了>