【小西 未来のハリウッドのいま、日本のミライ】「マンダロリアン」が切り開いた、新たな映像制作手法
映画やドラマの制作方法には、大きく分けて“ロケーション撮影”と“スタジオ撮影”の2つがある。
ロケーション撮影ならば、その土地ならではの風景を作品に取り込んだり、既存の建造物をセットとして利用したりすることができる一方で、移動に手間がかかり、天候や日照時間などの環境に影響を受けやすい。スタジオ撮影ならば、気候などに左右されることなく、コントロールされた環境で撮影が可能だが、セットを作り上げる必要があるうえに、ロケーション撮影のようなリアリティを出すのは非常に難しい。
それぞれ一長一短があるので、通常の映像制作では物語と予算に合わせて、ロケーション撮影とスタジオ撮影を組み合わせている。
そんな中、「スター・ウォーズ」シリーズ初の実写ドラマ「マンダロリアン」の撮影方法が注目を集めている。砂漠の惑星から宇宙船まで、壮大なスケールで展開するこのドラマは、半分がバーチャルセットで撮影されているのだ。
「スター・ウォーズ」シリーズのように異世界を舞台にした物語を映像化する場合、背景をグリーンスクリーンにしてスタジオ撮影を行い、ポストプロダクションでVFX(Visual Effects=視覚効果)を後から加えるのが一般的だ。だが、「マンダロリアン」の制作において、クリエイターのジョン・ファヴロー監督は、グリーンスクリーンを巨大なLEDスクリーンに差し替えた。
高さが6メートルもあり、270度に湾曲した液晶ウォールには、VFX工房のインダストリアル・ライト&マジック(ILM)社が作り上げたバーチャル背景がリアルタイムで映し出される。つまり、本来なら撮影後に追加される背景が、撮影時にスタジオに映し出されるのだ。
このバーチャルセットのメリットは、制作時間の短縮に留まらない。グリーンスクリーン撮影と異なり、バーチャルセットでは映画の世界観が目の前に広がっているので、役者は想像力に依存して演技をする必要がなくなる。また、監督やカメラマンも目の前の背景を活かして、アングルを決めたり、演技プランを修正していくことができる。
つまり、この手の映像制作に欠如していたリアルタイム性が加わったのだ。
なお、どんなカメラの動きにも背景がリアルタイムで反応できるように、Epic Games社のゲームエンジン「Unreal Engine」が活用されているという。このバーチャルセットの仕組みを、ILMは“ステージクラフト”と呼んでいる。
ステージクラフトは、VFXが多用される映像作品を想定して開発されたものだ。だが、コロナ禍によってその需要が急速に高まっており、ILMはロサンゼルスに2箇所、ロンドンとオーストラリアにもステージクラフトを立ち上げている。
さらに、「インターステラー」や「TENET テネット」など、クリストファー・ノーラン監督の作品を手がけていることで知られるイギリスのVFX工房DNEGも、XR(Extended Reality)*スタジオのDimension Studioと協力して、イギリスとアメリカにバーチャルセット施設を準備中だ。
背景には新型コロナウイルス感染症拡大がある。移動制限やソーシャルディスタンスの遵守など、従来の映像制作が困難になった今でも、バーチャルセットなら問題ない。実際「マンダロリアン」やそのスピンオフの制作は滞りなく続けられているという。
ロケーション撮影は移動の手間や環境の影響、スタジオ撮影はリアリティの欠如と、それぞれ問題があったが、バーチャルセット撮影ならばいずれも解決できる。もちろん、それなりのコストはかかるが、第3の撮影方法として今後増えていくのは間違いなさそうだ。
*XR(Extended Reality)=VR(仮想現実)、AR(拡張現実)、MR(複合現実)など、すべての仮想空間技術、空間拡張技術の総称
<了>