大学生が提案! 電子書籍の中古販売システム「コミックチェイン」構想

  • 公開日:
広告・マーケティング
#デジタル #マンガ
大学生が提案! 電子書籍の中古販売システム「コミックチェイン」構想

武蔵野大学工学部数理工学科
「チームCROWN」メンバー 中西 蓮さん、粟國 晴楽さん、小松 歩夢さん
指導教授 西川 哲夫先生

データサイエンスやビジネス創造を志す学生が参加するコンテストが近年活況だ。 なかでも、慶應義塾大学SFC研究所が運営するデータビジネス創造ラボは、様々な社会システムを対象にビッグデータ利活用を実践できる人材を育成すべく、2014年から「データビジネス創造コンテスト~Digital Innovators Grand Prix(DIG)」を実施している。
昨年の第11回は「創り手と読者をつなぐコミック出版戦略~売上データから見る新しい視点のマーケティング提案~」として株式会社講談社をパートナーに迎え開催された。
(ビデオリサーチも視聴率データ等の提供協力で参画)

応募71チーム、うち本選出場10チームの中で、栄えある審査員特別賞を受賞した武蔵野大学工学部数理工学科「 チームCROWN」は、ブロックチェーン技術を用いた電子コミックの二次利用システム『コミックチェイン』を提案。 入念なデータ分析と学生ならではの斬新な発想から生まれたビジネスアイデアが、出版業界の未来を切り拓く!? 「チームCROWN」のメンバーと指導教官の西川教授にお話を伺いました。


数理工学科および研究室で取り組んでいること

─ まずは数理工学科と研究室の活動内容をお聞かせください。

西川教授 数理工学とは、数学をいろいろな分野に応用する学問です。数学がベースなので、在学中はしっかりと数学を学びます。数学の教員免許も取得できますが、数学を使ったシミュレーションなどを駆使して他の分野に応用することが数理工学の主目的です。

研究室では、主にデータサイエンスの手法を用いて、社会現象の変化をクラスタリングによって特徴付けしたり、スポーツデータから得点の要因を探ったりすることを実践的に学んでいます。データサイエンスはどんな分野にも応用できるので、生命科学、スポーツ、社会問題、経済学、医学、知的財産(特許関係)など、幅広く扱っています。

─ 「データビジネス創造コンテスト」にエントリーされた動機は?

西川教授 数理工学やデータサイエンスの学びを深めるにあたって、私の国家プロジェクトでの研究経験から、生のデータを扱わないと絶対ダメだということがわかっていたので、学生にもそれを経験してもらいたいと考えました。そこで、今は多数のコンテストが開催されているので、積極的に参加させるようにしているんです。

─ 過去にもいろんなコンテストに参加し、成果を出されていますね。

西川教授 最初の受賞は「第8回データビジネス創造コンテスト」。TSUTAYAさんの本の売上の時系列データを扱った内容で、最優秀賞を獲りました。この受賞が大きな自信になり、その後も複数のコンテストやコンペティションで受賞経歴があります。現在は「第10回スポーツデータ解析コンペティション(フェンシング部門と卓球部門)」や「令和2年度パテントコンテスト(フェンシングの光る剣に関する特許)」などに挑戦中です。

ちなみにフェンシングは私が学生時代にプレーの経験があり、統計学会のスポーツデータ解析コンペティションのフェンシング部門での受賞をきっかけとして、フェンシング協会の方々とも交流があります。学内ではフェンシングプロジェクトを立ち上げており、他の先生方や、ここにいるCROWNのメンバー(粟國さんもフェンシングの経験があります)も皆参加しています。

ビジネスアイデア、中古電子漫画市場「コミックチェイン」とは?

─ データビジネス創造コンテストで発表された「コミックチェイン」の概要をお聞かせください。

小松 「コミックチェイン」とは、ブロックチェーン技術を活用した電子コミックの二次流通(中古)システムに改良を加えたシステムであり、電子コミックの一つの中古本を複数回売れるようにしたものです。ブロックチェーン技術を用いて、データを違法コピーなどができないようにしたうえで、複製した複数の電子コミックデータを"中古本"として売買していただきます。電子書籍は紙の書籍よりもコピーしやすいですし、データさえ持っていれば何人にも配れるので、同じ本を複数回売れる仕組みができるのではないかと考えました。

─ 「読む権利」を買うのが一般的な電子書籍に、「中古本」という概念は斬新ですね。

西川教授 紙の書籍であればキレイな新品は値段が高く、状態が劣化した中古本は安くなりますが、電子書籍には劣化がないので、モノとしての商品価値に新品と中古差がありません。新品を買うことに何かメリットが必要な上、新品購入者が中古として積極的に売ってくれるための仕掛けも必要になります。電子書籍の中古売買を市場として成立させるために、皆でアイデアを出し合いました。

小松 中古販売の期間に関する制限をつくり、新刊発売後に1ヶ月経たないと中古販売できないようにすることで、新刊の売上増進を図ることにしました。また、販売回数の上限にも差をつけて、中古と新品購入者とで差を設けました。中古購入者の販売回数は元が取れない販売回数になっており、新品購入者は元が取れるまで売れるようになっています。双方必ず上限回数まで売らなければ、閲覧および売却ができなくなるというルールも設けました。「保有しつつ売却利益も得られる」という事例を防ぐためです。

さらに、中古本には広告が付く仕組みにし、新品購入者には広告ナシで読めることをメリットにしました。中古本は広告料金を収益として得られるので、新品と中古の利益の差を埋められるのではないかと考えました。

「売上積算指数」による分析

─ 「コミックチェイン」のアイデアは、最初からあったのでしょうか。

西川教授 このようなコンテストの場合は、アイデアありきで、それに合ったデータを集めるというやり方が多いと思うのですが、我々は分析から始まっています。当初はアイデアが出なくて苦戦していたのですが、「とにかく分析を徹底的にやろう!」と頑張りました。ちょうど新型コロナウイルス感染症の影響でオンラインでのリモートゼミになっていたので、時間がたくさん取れたことも功を奏したと思っています。

─ どのように分析を進められたのでしょうか。

中西 最初にやっていたのは、漫画の売上指数の時系列を可視化すること。しかし、それだと発売日当初のピークしかグラフにあらわれず、ピーク以外の時期の細かい部分がわかりにくかったので、積算値の可視化にシフトしました。そうすると、ピーク以外の部分の時系列の変化が見えるようになったんです。

西川教授 発売日当初のピーク以外にも売上の変動はあるはずなのに、売上指数だけでは、"時々"の変化は見えても、逆に"日々"の変化は見えにくかったのです。それを積算指数にかえると、どんどん積み上げられていくので、日々の変化がグラフの傾きにあらわれてくれたんですね。

中西 売上積算指数に着目したことによって、急激に増加している部分が見えるようになり、どのように売れているかを分析・定量化することができました。実際に分析を行ったすべての作品で、メディアミックスと漫画の売上の関係性を見たとき、アニメや実写映画・ドラマの放送など、メディアミックスが行われた後に、原作漫画の売上が増加するという現象を確認することができました。

─ 他にはどのような発見がありましたか?

粟國 売上指数の積算値を可視化すると、分析したすべての作品において、2018年6月から電子書籍の積算値の傾きが約3倍に拡大しているということを見つけました。これは、製品書籍(紙の書籍)のグラフには見られなかった変化です。その時期に何があったのかを調べていくなかで、2018年4月17日に違法の無料漫画閲覧サイトである漫画村が閉鎖したことを知りました。そこで、電子書籍の売上が急激に増大した事実は、漫画村の閉鎖と関係しているのではないかという仮説をたて、Googleトレンドによる分析をグラフ化すると、漫画村の閉鎖とともに「漫画村」のワード検索が収束し、コミックアプリの検索数が急速に上昇していました。

このことから、漫画村の閉鎖とコミックアプリの利用者・電子書籍の売れ行き増大には、やはり大きな関連があると確信し、これが「コミックチェイン」のアイデアにつながりました。

─ 分析の過程で大きな発見をもたらした積算指数ですが、考え方はとてもシンプルで明解ですよね。

西川教授 高度なツールを使って凝ったことをするよりも、状況に応じた適切な手段で、適切に分析することが大事だと考えています。統計の難しいツールもあるのですが、使いこなせなければ意味がありません。また、最近はPythonなど使いやすいデータテクノロジーのツールがたくさん出てきていて、AIでさえ割と誰でも簡単に扱えるようになっていますが、肝心の中身がブラックボックスになってしまいがちなんですよ。

中身をしっかり理解していないと、状況が変わったときに対応できませんし、新しいツールが出るたびに一から丸覚えしなければいけなくなるので、ブラックボックス化しないよう「中身を理解しましょう」と常に教えています。新しい技術についていくのも大事ですが、中身を理解できていれば、世の中がどういう流れになってもついていけるし、自分が主導できますからね。学生の皆さんには、そういう人材になって欲しいと思っています。

アイデアが生まれるまで

─ 「コミックチェイン」のアイデアが生まれた経緯をお聞かせください。

小松 分析によって漫画村の閉鎖と電子コミックの需要増大の関連性を発見したことで、値引きや「1巻無料」のようなサービスが一般的で、価格を抑える施策が打ちやすそうな電子書籍に着目することにしました。電子書籍は市場が拡大中ですが、「中古本」という概念がないことに気づき、電子書籍の中古本について調べ始めました。皆で記事をあさっているなかで、メディアドゥ社がブロックチェーン技術を使って、電子書籍の二次流通事業を始めようとしていることを知りました。ブロックチェーンという技術についても、このとき初めて知ったんです。

─ ここからブロックチェーン技術の活用に繋がったのですね。

小松 ブロックチェーン技術がどういうものなのか、何ができるのかを理解することから始めました。理解できたところで、ちょうどその頃に新型コロナウイルスの感染拡大や、PCRにおけるウイルスRNAの増幅など、「倍々で増加する」という事象が世の中を騒がせていて、ブロックチェーン技術を使って、電子書籍をコピーの連鎖で増やしていく...というアイデアを思いついたんです。電子書籍は劣化しないのでコピーしやすいという利点もあり、このアイデアにぴったりだと思いました。

─ 初めて知った技術をうまく理解して活用を考えられたのは本当に素晴らしいですね。

西川教授 PCRというのは、試料を混ぜて温度を上げ下げするだけで目的のDNAを倍々に複製していき容易に100万倍まで増幅できるという、非常にシンプルかつ革命的な技術で、1993年にノーベル賞を受賞しています。それと同じで、感染症も倍々で増えていきます。世の中で話題になっている事象を、ブロックチェーン技術と組み合わせたら面白いのではないかということになり、やっとアイデアが生まれました。なかなかアイデアが出ずに長い間分析をやっていましたが、一旦アイデアが出たらその後はどんどん進みましたね。「コミックチェイン」を中古電子漫画市場として成り立たせるために考えなければいけないことを、皆で知恵をしぼって少しずつクリアしていきました。

今後の可能性と期待

─ ブロックチェーン技術を調べて興味深かったことは?

西川教授 コンテストで販売数と出版社利益を推定するシミュレーションも行いましたが、Kt値(1購入者あたりの平均販売数)が常にモニターできるのは非常に良いと思いました。販売促進の施策を打ったときなどに、Kt値の上下を見れば有効だったかどうかすぐにわかるので、施策最適化のための試行錯誤をしやすい技術だと感じました。

じつはこのKt値というのも、「倍々で増加する事象」と同様、新型コロナウイルス感染症からヒントをもらったんですよ。一人が感染させる平均人数のことをKt値と呼んでいて、それを見て「使ってやろう」と思いました。このシミュレーションは審査でも評価していただいたので、数式をメインに扱っている身としては、とても嬉しかったですね。

─ ブロックチェーン技術は、他にはどのようなことに活用できると思いますか?

小松 僕はゲームが好きなのですが、ゲームも漫画と同じだと感じます。ゲームにはディスク版とダウンロード版があって、ディスク版は製品書籍と同じように新品が高くて中古は安い。ダウンロード版は電子書籍と同じように、使い勝手はいいけれど、僕が知っている限りではダウンロード版を売ることはできません。もしブロックチェーン技術を活用してダウンロード版のゲームを売れるようになれば、中古版ダウンロードゲームの市場が創れるのではないでしょうか。

─ 「コミックチェイン」を商用化するとしたら、アピールポイントは?

小松 製品書籍の中古市場では出版社側にお金が入りませんが、コミックチェインでは、システムさえ作ってしまえば、出版社が利益を得ることも可能になります。中古本の売上が増えている一方で、新刊の売上が下がっているという話もありますし、ここは大きなメリットになるのではないでしょうか。

粟國 私の家には本がたくさんあって、祖母や母から借りた昔の本を持ち歩いて読むことが多いんです。だんだん電子化が進んで、紙の本を手に取る人が少なくなっても、電子版で中古の売買ができるようになれば、知らなかった本との出会いが生まれるという意味でも、とても良いことなのではないかと思います。レコメンドを付けて売れるようなシステムを作れば、より販売を促進できるかもしれませんね。

コンテストを振り返って

─ メディアデータの分析を行って面白かったことや、さらに活用できたデータなどがあれば教えてください。

中西 漫画の売上を社会の傾向や社会で起きた事象と関連づけて考え、そこから発見したことを自分たちのアイデアに付け加えていくという作業が、とても面白かったですね。

欲しかったのは、Twitterのツイート数のデータです。作品の関連ワードが、どの時期にどれだけツイートされたかを調べたかったのですが、人力で数えるくらいしか方法がなかったので、キーワードに関するツイート数を調べるツールがあれば便利だったなと思います。

小松 メディアミックスの後の、作者さんのSNSフォロワー数の増減なども気になりました。数年前にアニメ化されたような作品だと、調べてもメディアミックス前後での原作者SNSフォロワー数のデータをあまり見つけることができなかったので。コミックアプリの売上指数に関しては、セール実施時期などの情報があれば、もっと良かったと思います。そういった施策が実際にどれくらい売上に影響しているのかを見たかったです。

粟國 実写の映画やドラマをやった後の、役者さんのSNSフォロワー数の推移にも興味があります。役者さんが好きで映画を見た人が、映画を見た後に原作も読んだ...など、つながりの変化が何かしらで見られると面白かったのではないかと思います。

─ 最後に、昨今のメディア業界やコンテンツ業界に対して、ご意見があればお聞かせください。

中西 僕は漫画が好きで、自宅にも1500冊くらい並んでいるので、漫画のさらなる発展を期待しています。ただ、デジタル化が進んでいるといっても、出版社によってデジタルに対する向き合い方が違っていて、新しい技術を積極的に取り入れるところと、慎重な姿勢のところがありますよね。

しかし今のところはどの出版社も、電子漫画はコミックアプリしか出していませんし、どのアプリも似通っていて「1日に何話読める」というような特典のパターンしかないので、どこか1社くらい違ったパターンのものを出してくれたらいいなと。具体的なアイデアはないのですが、どこも同じではなく挑戦していって欲しいなと思います。

<了>


中西 蓮(なかにし れん)さん/粟國 晴楽(あぐに せいら)さん/小松 歩夢(こまつ あゆむ)さん

武蔵野大学工学部数理工学科3年生(2020年12月現在)。西川教授の研究室にて、データサイエンスを学ぶ。「第11回データビジネス創造コンテスト~Digital Innovators Grand Prix(DIG)11」で審査員特別賞を受賞したチームCROWNのメンバー。

西川 哲夫(にしかわ てつお)先生

武蔵野大学工学部数理工学科教授。民間企業や出向先の文部科学省科学技術・科学政策局にて、研究員・調査員として活躍した経歴を持つ。

関連記事