【小西 未来のハリウッドのいま、日本のミライ】AT&Tがメディア部門から事実上の撤退。HBO Maxはどうなる?
米通信大手のAT&Tが、メディア部門のワーナーメディアを分離し、メディア大手ディスカバリーと統合させる計画であると発表した。
AT&Tといえば、2016年に850億ドルという巨額でタイムワーナーに買収を提案。2018年に買収を完了し、ワーナーメディアとして新たなスタートを切る。だが、2020年に肝煎りで動画配信サービスHBO Maxをスタートさせるも低調な滑り出しで、ライバルのNetflixやDisney+と張りあうために多額のコンテンツ予算を計上。
通信事業でも5Gへの移行で出資がかさみ、1700億ドルというとてつもない負債を抱えていた。
今回の分離をきっかけに、本業の通信事業に専念することになる。
このニュースをハリウッドの大半は肯定的に受けとめている。なぜなら、安易なシナジー効果を目論んだAT&Tはクリエイティブ事業に対する理解も関心もなく、効率性を押しつけてリストラを断行。その結果、多くのクリエイターを敵に回すことになったからだ。
決定的となったのが、昨年末、2021年のワーナー・ブラザースのラインナップ全17作品を、米国内での劇場公開日と同日にHBO Maxで配信すると発表したことだ。
関係各所への事前連絡をしていなかったため、「ゴジラvsコング」や「DUNE /デューン 砂の惑星」の制作パートナーであるレジェンダリー社をはじめ、17作品に関わった主要キャスト、クリエイターに対して金銭補償を余儀なくされた。その上、長年ワーナーを拠点にしていたクリストファー・ノーラン監督に「HBO Maxは最悪のストリーミングサービス」と罵られる始末である。
経営が火の車であるAT&Tにとって、これ以上新たなコンテンツを生みだしていく余裕はない。ディスカバリーとの新会社設立と言えば聞こえはいいが、実質的には“AT&Tのエンタメ事業からの撤退”である。
ワーナーメディアの事実上のオーナーとなるディスカバリーは、ディスカバリーチャンネルをはじめ、多数のケーブルテレビチャンネルを抱えるメディア企業だ。AT&Tと違って同業であるばかりか、リアリティ番組やドキュメンタリー番組を得意としていることから、DCコミック原作映画や「ゲーム・オブ・スローンズ」などのテレビドラマを手がけるワーナーメディアと相互補完できる関係にある。うまくいけば、Netflix、Disney+に継ぐ第3のストリーミングサービスとなる可能性がある。
統合するワーナー・ディスカバリー社(仮称)の指揮を執るのは、ディスカバリーのデビッド・ザスラブ社長兼最高経営責任者だ。映画やドラマの経験はないものの、業界内ではその手腕は高く評価され、信望も厚い。最初の任務は、AT&T傘下でワーナーメディアから離れてしまったクリエイターやタレントの引き戻しとなりそうだ。
この原稿を執筆している今も、プライム・ビデオを提供するAmazonが映画制作会社メトロ・ゴールドウィン・メイヤー(MGM)の買収交渉を行っているというニュースが飛び込んできた。MGMといえば、最近は休眠状態だが、「007」や「ロッキー」など豊富なライブラリーを抱えている。加熱するストリーミング戦争を軸に、業界再編はますます加速していきそうだ。
<了>