サスティナブルな社会のために、直面する課題を「工学」と「芸術」の掛け合わせで解決する〜 電気通信大学 特任准教授 石垣 陽さん〜

  • 公開日:
広告・マーケティング
#デジタル
サスティナブルな社会のために、直面する課題を「工学」と「芸術」の掛け合わせで解決する〜 電気通信大学 特任准教授 石垣 陽さん〜

撮影: 小黒冴夏

国立大学法人 電気通信大学 特任准教授 石垣 陽 氏


昨今の新型コロナウイルス感染症による世界的なパンデミックをはじめ、災害や置かれた環境によって、安全で健やかな日常を送ることが難しい人も少なくありません。モノ不足や情報不足などにより "生活者が困っている"状況下で、自身の研究をもとにアイデアを駆使して、多くの人が活用できるソリューションを提供し、注目を集めている研究者がいます。
電気通信大学 大学院情報理工学研究科の石垣陽特任准教授。その独創的な研究内容や取り組みは国内外のメディアに紹介され、分野を超えたプロジェクトにも発展しています。当社ビデオリサーチのSDGsに向けた活動も、石垣教授のご尽力により実現しました。石垣教授の研究内容や、そこに秘められている思いなどをお話いただきました。


<プロフィール>
石垣 陽(国立大学法人 電気通信大学 特任准教授)
工学者、デザインエンジニア。1976年東京生まれ。電気通信大学大学院修了、多摩美術大学大学院修了、修士(工学・芸術)。大手サービス会社にて10年間、政府認証基盤・遠隔医療・セキュリティシステム の研究開発に従事。その後、世界初のスマホ接続型線量計「ポケットガイガー」や、大気汚染(PM2.5)の測定器「ポケットPM2.5センサー」を産学連携により開発。
小児弱視を治療するための視能訓練装置「オクルパッド」は、国内の会社で製品化され、国内や途上国の臨床現場で活躍。地方発明表彰 文部科学大臣賞受賞、日本国際賞平成記念研究助成授与など多くの受賞歴あり。ヤグチ電子工業株式会社 取締役CTOも兼任。


地球に暮らす、誰かの困りごとを解決したい

─ 石垣先生のご経歴についてお聞かせください。

幼少期からパソコンに触れることが好きで、その延長線上で電気通信大学に入学しました。大学院修了後は企業の研究職として「電子政府」や「遠隔医療」といった領域の仕事をしていました。

一方でアートやデザインの領域に興味を持ち、働きながら多摩美術大学大学院の夜間部に通い、結果的に工学の博士、芸術の修士を取得しました。

─ 工学と芸術というと全く異なる学問だと感じるのですが、石垣先生のご研究のフィールドについて改めて紹介をお願いします。

大きく3つあり、「災害への即応」「潜在リスクの可視化」「医療機器の普及」です。いずれも、研究の出発点は「地球の誰かの困りごとを解決したい」という思いでした。

─ 研究ポートフォリオが幅広いですが、軸となるものは?

「研究者として人の役に立ちたい」「誰よりも先に独創的な解決方法を創り、魅力的なデザインで普及させるところまでを貫徹したい」という思いが根底にあります。

社会課題を含め、人類にとって価値ある研究、健康で文化的な生活を支える技術の実装、世の役に立つ商品の普及に努めています。

コロナ禍のマスク不足解消、三密の可視化など...幅広い研究フィールド

─ 「災害への即応」「潜在リスクの可視化」「医療機器」という3つのフィールドについてそれぞれ説明していただけますか。

まず研究カテゴリの一つである「災害への即応」についてお話しますね。

2011年の東日本大震災の影響で福島原発がメルトダウンし、大気中に放射性物質が放出されました。当時、放射性物質量がなかなか公式に発表されずに住民の不安が募っていたこと、個人で測定をしたくても測定器は品切れで入手困難だったこと、専門家の意見も分かれていたことで混乱が生じていました。そこで、市民誰もが放射線を手軽に測定できるよう、世界初のスマホ接続型放射線センサー「ポケットガイガー」をオープンソースで開発し、10万台以上を普及させました。

また、最近だと2020年に新型コロナウイルス感染拡大の影響でマスクが手に入らない状態が続きましたよね。マスク不足を解消するためオープンソースのマスクプロジェクト「オリマスク」を立ち上げ、純国産の組み立て式・立体不織布マスク「オリマスク」として製造販売を開始しました。

この取り組みは、NHK ETV特集「マスクが消えた日々〜医療現場をどう守るのか〜」でオリマスク開発の様子が密着取材されるなど注目を集め、頒布数10万枚以上という反響がありました。

加えて、新型コロナウイルスの感染拡大の一因となる三密を可視化するには二酸化炭素量の測定が役に立つということで、スマホ接続型・IoT方式の「ポケットCO2センサー」を社会実装し、1.2万台以上を頒布しました。

─ 石垣先生は各種メディアを通じて「換気の悪い密閉空間を回避するためにはCO2を測定して見える化すること」と啓蒙されていましたね。

はい、三密の指標としてヒトの呼気に含まれるCO2を測定するセンサーの重要性が広く知られるようになり、企業や飲食店などあらゆる場所で導入されたことはよかったと思います。

─ 空気の問題に関しては、海外での取り組みも行われています。

それが研究カテゴリの2つ目となる「潜在リスクの可視化」です。わかりにくい表現かもしれませんが、要は「昔からの生活習慣が、実は人にとってリスクである」ことを認識してもらう活動です。

東アフリカに位置するルワンダ共和国では、肺疾患による死亡が多数報告されています。そもそもアフリカでは毎年100万人以上もの人が亡くなっていると言われており、WHOも警鐘を鳴らしているほどです。その原因の一つは、家庭で行われている調理だといわれています。というのも、現地では屋内で薪ストーブを使って調理することが一般的なのですが、非常に換気が悪く、高濃度PM2.5曝露が起きているのです。

そこで私自身現地に赴き、聞き取り調査や測定器で空気汚染度の調査を行ったところ、実際に健康に影響を及ぼすレベルにあるにもかかわらず、調理が健康に悪影響を及ぼしていると認識していない人が多い、という現実が見えてきました。

この状況を認知してもらうべく、現地の学校で保健教育の授業を行ったり、家庭内での測定・議論といった実証実験に取り組んだり、といった活動に発展させています。

国内外で弱視の子どもを救う、世界初の視機能検査訓練装置『オクルパッド』

─ 3つ目の研究「医療機器」に関しても幅広い活動を行っていらっしゃるようですが、研究内容と展開について教えてください。

視機能検査訓練装置『オクルパッド』の開発を行っています。

そもそも、視機能の発達不良によって引き起こされる弱視は、約2~3%の小児が発症するとされています。6~8歳頃までに訓練を始めなければ一生片眼が不自由な状態になってしまうもので、逆にいうとそこまでに治療さえすれば視力の回復が見込めます。

しかし、大半の治療は上手く進んでいません。なぜなら、現在主に採用されている訓練法は、眼帯やアイパッチなどによって健康な眼を塞いで弱視を訓練していくという方法で、他の子と違った見た目がどうしても目立ってしまう。それゆえに子ども間でのいじめの原因になってしまったり、精神的なストレスが大きかったりして継続した治療が困難になるケースが多いのです。

加えて、治療期間が1年程と長く、アイパッチによって皮膚がかぶれてしまう、健康な目を塞ぐことによってその目が弱視化してしまう...といった副作用もあるのです。

─ 治療の方法は分かっていて、治せる病気であるにもかかわらず、障壁があったのですね。

そうなんです。そこで開発したのが『オクルパッド』です。両眼開放下(両眼を開けたまま)で視能訓練を行うことができる装置は世界初ということで、画期的なタブレット型の医療機器となっています。

お子さんは偏光メガネをかけてタブレット上のゲームを楽しみながら眼球運動ができ、治療も数か月で完了したという事例も報告されています。

クラスⅠ医療機器(人体に与えるリスクの程度に応じて定義されたクラスで、クラスⅠは人体へのリスクが極めて低いと考えられるもの)として申請が通っている他、特許権の取得もできました。優れた工業製品に送られる「SENDAI for Startups!ビジネスグランプリ」で優秀賞、宮城県の「みやぎ優れMONO」に認定、さらには令和元年に文部科学大臣賞を受賞と、評価も頂いています。

現在、日本国内における弱視治療では数千人の子どもたちに活用されています。

─ 『オクルパッド』は海外でも展開されていますね。

弱視は出生者の2~3%に発症するとお伝えしましたが、それは人種を問わず世界共通とされます。日本ではここ数年の出生数は90万人弱程なので、弱視患者は毎年2万人台と推定されます。

患者が多い国、要は出生数が多い国はどこかと見たときに、毎年2,500万人超の新生児が生まれるインドに目がいきました。出生数からすると、毎年63万人程の弱視患者が出ているようです。

しかし現地の医師から話を聞くと、眼帯やアイパッチはほとんど処方できていないようでした。現地の天候が高温多湿のため、アイパッチが剥がれやすい、かぶれてしまうといった理由も大きいようです。そこで、インドでこの『オクルパッド』を広めていきたいと考えました。

─ インドに限らず、出生数の多い国の中にはまだまだ医療が発展途上だったり、潤沢な治療を受けられなかったりする子どもたちも多いのではないでしょうか。

まさにその通りで、各国に『オクルパッド』を届け、広めていくことができれば、より多くの子どもの弱視治療に貢献できる。そう考え、海外への普及活動に舵を切っている段階です。

ビデオリサーチと共同で、世界のICT教育や環境衛生教育を充実させるプロジェクトを始動

─ 『オクルパッド』の海外展開については、当社ビデオリサーチが寄贈したタブレットも活用していただいています。

ビデオリサーチさんから寄贈していただいたタブレットをもとに、これまでインド国内の15カ所以上の中核病院や地域クリニックに『オクルパッド』を導入し、臨床試験を進めてきました。きっかけは、ビデオリサーチさんがACR/ex調査で使用して廃棄予定であったタブレットを有意義に使ってもらいたいというお話をいただき、ありがたく使わせていただきました。

日本国内において、家庭や企業に眠ったまま使われていない、いわゆる"埋蔵タブレット"は価格でいうと2兆円、数でいうと都市鉱山程と言われており、世界中で見ても日本は多いようです。せっかくまだ使えるものなのだから、有効なコンテンツを入れて活かすというのは一つの手だと思いますし、研究者としてはありがたいことです。

*当社の『オクルパッド』に関する取り組みは、こちらから
タブレット端末を海外の医療、教育現場へ【前編】ービデオリサーチが考え、取り組むSDGs

─ 2020年には、世界のICT教育や環境衛生教育を充実させる『スマイル・タブレットプロジェクト』も始動しました。

薪ストーブによる高濃度PM2.5曝露の研究の際に、ルワンダ共和国の環境局や教育系の機関との関係ができました。そこから、ICT・遠隔教育や衛生環境教育を向上させる世界規模の実証研究プロジェクト『スマイル・タブレットプロジェクト』として、ビデオリサーチさんに寄贈していただいたタブレット端末をルワンダに4,000台寄贈し、小学生向けプログラミング教育やコロナ禍での家庭学習に活用するということで、昨年11月に総務省で武田総務大臣参加の元、贈呈式が行われました。

また、パプアニューギニア高等教育省にもタブレット端末4,000台を寄贈し、パプアニューギニア大使館でセレモニーも行われました。このように、ビデオリサーチさんをはじめJICA、総務省、私の所属する電気通信大学と、各方面から全面的なご協力を得ています。

─ このような取り組みの中でやりがいを感じることは何ですか。

実際にタブレット端末を使用しているパプアニューギニアの方からビデオレターをいただきました。「ありがとう」というメッセージをいただくのはやはり嬉しいものですね。

また、世界各国の方とプロジェクトでつながって、それがまた新しい研究につながっているのもやりがいになっています。

ビデオリサーチさんから寄贈していただいたタブレットをもとに、感染症クラスターが発生した場所にCO2センサーを多数設置して再発防止を支援しています。換気の状態は常にタブレット上に表示され、少しでも換気が悪くなると管理者に通知されます。既に調布市や三鷹市の公共施設、ワクチン大規模接種会場、病院、高齢者施設、劇場、風俗店、ライブハウスなど100か所以上に無料で導入しました。この仕組みも世界に広げていきたいですね。

また『スマイル・タブレットプロジェクト』については、先述のパプアニューギニア、ルワンダの他、最終的には2021年度中に総計15,000台を超えるタブレット端末を国内外の教育関係機関に提供し、プロジェクトを大規模に推進する予定です。現地に普及し、質の高い教育につながっていって欲しいと考えています。

また、『オクルパッド』に関しては、いまベトナム、フィリピン、ミャンマー、南アフリカの病院とも共同研究が始まっています。出生者数の多い途上国に普及させることでより多くの子どもの弱視治療に貢献できると考え、臨床試験を進めています。そこでは、日本の優れたアニメコンテンツや、ビデオゲームとのコラボレーションも検討しています。

今後の活動については研究室のページ、人類のためのデザイン研究室でも発信しますので、よろしくお願いいたします。

─ 本日はありがとうございました。

撮影: 小黒冴夏

<了>

関連記事