【小西 未来のハリウッドのいま、日本のミライ】「スパイダーマン」の大ヒットは興行復活の兆しか? 視聴習慣の変化の象徴か?

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【小西 未来のハリウッドのいま、日本のミライ】「スパイダーマン」の大ヒットは興行復活の兆しか? 視聴習慣の変化の象徴か?

シリーズ最新作「スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム」が、北米歴代ヒットランキングで4位に上昇した。北米興収7億ドルは、「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」「アベンジャーズ/エンドゲーム」「アバター」「ブラックパンサー」につづく偉業で、世界総興収でも現在8位(※2022年1月執筆時点)につけている。


2020年3月、新型コロナウイルスの感染拡大とともに閉鎖に追い込まれた北米の映画館は、2021年にワクチン接種の広がりとともに徐々に再開している。当初は劇場公開と同時にストリーミング配信される"ハイブリッド形式"が目立ったが、ディズニーは9月公開の「シャン・チー/テン・リングスの伝説」をきっかけに、劇場で先行公開する方式に戻した。

「DUNE/デューン 砂の惑星」や「マトリックス レザレクションズ」をHBO Maxで同時配信したワーナー・ブラザースも、2022年からはシアトリカル・ウィンドウ(劇場で独占的に上映される期間)を遵守するとしている。


そんななか、ソニー・ピクチャーズとマーベルが共同制作した「スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム」が記録的なヒットを飛ばしているのだ。

本作は「スパイダーマン:ホームカミング」からはじまったトム・ホランド主演の3部作のみならず、トビー・マグワイア主演の「スパイダーマン」3部作、アンドリュー・ガーフィールド主演の「アメイジング・スパイダーマン」2部作を含めた、計8作の集大成となっており、ファン、批評家ともに絶賛している。

そんな満足度の高い娯楽作品が、コロナ禍前と同じような大ヒットを飛ばしている。「スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム」の大成功は、北米興行の復活を示す輝かしいシンボルのように映る。


だが、実態は復活からはほど遠い。まず、2021年の北米興収ランキングをご覧頂きたい。

(出典:Boxofficemojo ※上映中の作品は2022年1月執筆時点までの総興収)

  1. スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム(7億257万ドル)
  2. シャン・チー/テン・リングスの伝説(2億2454万ドル)
  3. ヴェノム:レット・ゼア・ビー・カーネイジ (2億1318万ドル)
  4. ブラック・ウィドウ (1億8365万ドル)
  5. ワイルド・スピード/ジェットブレイク (1億7300万ドル)
  6. エターナルズ (1億6484万ドル)
  7. 007/ノー・タイム・トゥ・ダイ (1億6077万ドル)
  8. クワイエット・プレイス 破られた沈黙 (1億6007万ドル)
  9. ゴーストバスターズ/アフターライフ (1億2629万ドル)
  10. フリー・ガイ (1億2162万ドル)

「スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム」が7億ドルと突出しているものの、コロナの影響を受けているため、全体的に数字はかなり低い。2019年はトップ5の作品はすべて北米興収4億ドルを突破していた。


さらに気になるのは、2021年のランキングには老若男女を対象にした娯楽大作しかない点だ。

2020年は劇場閉鎖の影響で、各スタジオがアカデミー賞狙いの力作を温存していた。だが、2021年には期待の作品が一気に公開されたにも関わらず、いずれも不発に終わっている。

なかでも、スティーブン・スピルバーグ監督の「ウエスト・サイド・ストーリー」と、リドリー・スコット監督の「最後の決闘裁判」は、それぞれ制作費1億ドル超の力作だが、前者の北米興収は3400万ドル、後者は1085万ドルと惨敗している。

その一方で、制作費2000万ドルの「ハロウィン KILLS」は北米興収9200万ドルと、好成績を収めた。つまり、再開した映画館に足繁く通っているのは若者ばかりで、大人は巣ごもりを続けているのだ。


だが、それでは「スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム」の記録的ヒットの説明にはならない。北米興収7億ドルを突破するためには、若者のみならず、年配層まで映画館に通わないと難しいからだ。

つまり、大人の観客も「スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム」だけは映画館で観ている。

この現象は、興行界にとって恐ろしい可能性を突きつけている。デルタ株やオミクロン株など変異種が次々と現れるなか、普段は行動制限をして警戒している大人の観客たちも、「スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム」に対してだけは、タガが外れてしまっている。それはつまり、「スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム」ほどの超大作でなければ、自宅視聴で満足していることになる。


コロナ禍以前から、アメリカ映画は制作費1億ドル以上の超大作と、2000万ドル以下の小規模作品の二極化が進んでいた。超大作として制作されるのはVFXやアクションを重視した見世物的な作品で、アート映画、インディペンデント映画とも呼ばれる小規模作品は社会性や独創性、作家性が売り、と棲み分けができていた。

スティーブン・ソダーバーグやコーエン兄弟、クエンティン・タランティーノなどの若手作家の登場により90年代に一世を風靡したインディペンデント映画も、スーパーヒーロー映画の台頭に伴い興行で苦戦を強いられるようになり、最近ではストリーミングの勢いに飲み込まれるようになっている。

コロナ禍はその二極化に拍車をかけており、もはやVFX満載の娯楽映画でなくては観客を映画館に呼び込めなくなっているのかもしれない。


<了>

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