【小西 未来のハリウッドのいま、日本のミライ】コロナ禍で失われつつあるアカデミー賞の意義

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【小西 未来のハリウッドのいま、日本のミライ】コロナ禍で失われつつあるアカデミー賞の意義

アカデミー賞を主催する映画芸術科学アカデミーは、今年3月に行われる授賞式の司会を、エイミー・シューマー、レジーナ・ホール、ワンダ・サイクスという3人の女性コメディアンが務めることになったと発表した。


アカデミー賞授賞式といえば司会が進行係を務めるのが常だが、2019年の司会に決定していたコメディ俳優のケビン・ハートが過去のツイートで炎上したことをきっかけに降板。そのまま司会抜きで授賞式が行われた。この年の授賞式では、代わる代わる登場するプレゼンターたちが式を進行させていくスタイルで、目新しさもあり、視聴者数がアップ。そのため、2020年、2021年も同様の形式で行われた。

だが、コロナ禍で行われた2021年の授賞式中継が史上最低の視聴者数となったため、今年はさまざまなテコ入れが行われた。女性3人の司会起用もそのひとつだ。過去にはウーピー・ゴールドバーグやエレン・デジェネレスが司会として登壇しているので、アカデミー賞での女性司会は珍しくないが、3人は史上初である。

ただ、人選には苦労したようだ。授賞式のプロデューサーは、ハリウッドスターのドウェイン・ジョンソンやウィル・スミスといった大物にアプローチしたが、いずれも断られている。「史上初の女性トリプル司会」も、苦肉の策といえそうだ。


実は、アカデミー賞はノミネートされるぶんにはキャリアを一変させるほどの名誉だが、制作サイドとしての参加は鬼門となっている。番組プロデューサーや司会として参加すると、長期にわたり拘束され、視聴率維持の重い責任を背負わされる。そのうえ、歴史ある式典なので、伝統と革新の塩梅が難しく、自由度が低い割には、批判にさらされるリスクがとてつもなく高い。

日本のNHK紅白歌合戦を想像してもらえれば分かりやすいかもしれない。たとえば、あなたが人気絶頂のお笑い芸人で、NHK紅白歌合戦の司会のオファーと同時期に他の好条件の仕事をオファーされていたら、NHK紅白歌合戦の司会を引き受けるだろうか?


こうした事情から、一流のタレントや映画人がアカデミー賞授賞式の司会やプロデューサーを引き受けることはほとんどない。

昨年、ハリウッドのトップ監督のひとりであるスティーブン・ソダーバーグ監督が授賞式のプロデューサーを引き受けたが、これはコロナ禍でも「アカデミー賞を止めない」という使命感に突き動かされた結果だと想像する。ソダーバーグ監督は授賞式に大胆な変革をもたらしたが、あいにく結果は成功からはほど遠かったと言える。

ソダーバーグ監督が大やけどを負うさまを目の当たりにして、火中の栗をあえて取りに行こうと思う一流の映画人はいないだろう。(今年の授賞式は、「ガールズ・トリップ」や「ハート・オブ・マン」などの映画プロデューサー、ウィル・パッカーが担当している。)


大失敗に終わった前回だが、新型コロナウイルスという未曾有の危機との直面を強いられた不幸な年として、見過ごすことはできる。なにしろ、前年の大半は新型コロナウイルスの影響で映画館が閉鎖されていたため地味な作品しかノミネートされていなかったし、ワクチン接種も始まったばかりだった。式の参加者を大幅に減らし、会場を変更したとはいえ、対面式の大規模イベントを無事に終わらせただけでも価値がある。

だが、今年の授賞式に同じ言い訳は通用しない。ワクチンはブースター接種まで進んでいるし、新型コロナウイルスとの付き合い方もわかってきた。それなのに、授賞式まで1ヵ月あまりとなった今でも、アカデミー賞が全然盛り上がっていないのだ。


原因のひとつが、賞レースの消滅だ。アカデミー賞の前には多くの映画賞が開催される。だが、その大半がオミクロン株の影響でオンライン化してしまったため、アカデミー賞へ盛り上がりを生み出せずにいる。

なかでも、賞レースで最も華やかなゴールデン・グローブ賞授賞式のテレビ中継がなかった影響は大きいと言える。通常ならば、こうしたイベントでの盛り上がりが業界内に伝染し、ひとつのうねりとなっていく。だが、昨年に引き続き、今年もそれがまったくない。


もうひとつの原因は、ヒット映画の不在だ。2021年最大のヒット映画は、北米興収7億6100万ドルという大記録を樹立した「スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム」である。

もし本作が作品賞にノミネートされていれば、たとえ受賞しなくても多くの映画ファンが授賞式の中継にチャンネルを合わせたはずだ。だが、ノミネート作の多くは、映画通好みの地味な作品ばかりなので、彼らが触手を伸ばすことはないだろう。


アカデミー賞と一般の映画ファンの好みとの乖離は以前から指摘されているが、コロナ禍がその差を拡大させている。

今年ノミネートされている作品の中で最大のヒットは、10部門でノミネートされている「DUNE/デューン 砂の惑星」の北米興収1億ドルだ。だが、7部門ノミネートの「ウエスト・サイド・ストーリー」は3700万ドル、「ベルファスト」は800万ドル、「ドライブ・マイ・カー」に至っては122万ドルである。

アカデミー賞は、その年に公開された優秀作品を讃える賞だ。アカデミー賞を受賞した作品は、観客動員やビデオのセールスがアップするため、優秀作品を生み出すことが業界内に好循環を生み出していた。だが、コロナ禍がアカデミー賞離れを加速させている。3人の女性コメディアンを司会に起用するくらいでは、この流れは止められそうにない。

(※本文中の興行収入は2022年2月執筆時点)


<了>

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