【小西 未来のハリウッドのいま、日本のミライ】「ゲイと言うな」法案で対応を誤ったディズニー。企業が立場を明確化することを求められる時代に
ウクライナ侵攻に抗議するため、グローバル企業が次々とロシアでの営業を停止している。
映画界では、ウォルト・ディズニー・カンパニーが一足早く「私ときどきレッサーパンダ」のロシア上映中止を発表。その後、ワーナー・ブラザースやソニー・ピクチャーズが続き、結局、すべてのメジャースタジオがロシア上映を中止することになった。
ロシアへの迅速な対応をみせたディズニーだが、巨大テーマパークを展開する米フロリダ州で審議されていたParental Rights in Education bill、通称「ゲイと言うな(Don't Say Gay)」法案への対応を誤り、企業イメージを大きく損ねている。
「ゲイと言うな」法案は、フロリダ州の公立学校(幼稚園~小学3年生)において、性的嗜好やジェンダーアイデンティティについて教えたりすることを禁じる法案だ。性の多様性を否定する支持層にアピールするため保守系議員によって提出された法案で、LBGTQの子どもたちが差別や偏見にさらされるとして各人権団体が反対していた。
法案成立阻止の鍵として期待されていたのが、ディズニーだった。フロリダ州で最大級の雇用を生み出しており、多額の政治献金も行っている。だが、2年前にディズニーの最高経営責任者に就いたボブ・チャペック氏は、この法案に対するスタンスを明確にすることを拒否した。
チャペックCEOはその理由について、社員に宛てたメールで「これまでに何度も見てきたように、企業声明が結果や人々の心を変えることはほとんどありません」と説明。政治的な立場を明確にしたところで、分断と対立を煽るだけに終わってしまうことを危惧していることを伝えた。
さらに、人々の心を変えるのはコンテンツであり、「多様性に富んだ最高の人材を惹きつけ、維持するだけでなく、従業員がそれぞれの人生や経験を反映したアイデアを自由に発揮できるような包括的な文化」を維持していくと約束した。つまり、多様性と包括性に満ちたコンテンツ作りこそがディズニー最大の強みであると説いたのだ。
このメールが火に油を注いだ。
傘下であるピクサー・アニメーション・スタジオのスタッフは、「私たちピクサーは、多様なキャラクターが登場する美しい物語が、ディズニーの審査で削られ、かつての面影を失って戻ってくるのを何度となく目撃してきた」と、ディズニーによって同性愛表現が検閲されていると告発。
さらに、ディズニーがフロリダ州知事をはじめ、「ゲイと言うな」法案を立ちあげた保守系議員たちに多額の政治献金を行っていることが明らかになった。
創業者の親族で社会活動家でもあるアビゲイル・ディズニーは、「この憎悪に満ちた『ゲイと言うな』法案に目をつぶろうとするディズニーには深い怒りを覚えるし、この法案を作成し可決した人々への資金提供が、彼らの醜い計画を支持することになっていると思わないのは、道徳心に重大な欠陥があるとしか言いようがない」と断罪。
こうした内輪からの総攻撃を受け、3月11日、チャペックCEOは「みんなを失望させた」と社員に向けたメールで謝罪。同法案に対して反対を表明するとともに、フロリダ州での政治献金の停止、LBGTQコミュニティを支援していく考えを表明している。
今回の対応で、ディズニーの最高経営責任者としてのボブ・チャペック氏の手腕を疑問視する声が高まっている。前任者のロバート・アイガーは、ピクサーやマーベル、ルーカスフィルムなどの買収を繰り返し、ディズニーを巨大帝国に築き上げた一流のビジネスマンだが、重要な社会問題に対してはスタンスを明らかにしていた。
「ゲイと言うな」法案に関しても、自身のツイッターでバイデン大統領の反対声明を引用しつつ、「私は大統領に賛成だ! もし可決されれば、この法案は脆弱な若いLGBTQの人々を危険にさらすことになる」とコメントしていた。
ボブ・チャペック体制になってからは、人気女優のスカーレット・ヨハンソンと「ブラック・ウィドウ」の収益配分をめぐって法廷闘争を展開するなど、目先の利益を優先した行動が目立っている。
「ゲイと言うな」法案への対応や、同性愛表現の自己検閲をみるかぎり、ディズニーが保守派の消費者を遠ざけることを懸念していたのは間違いない。だが、内部改革が早急に行われなければ、クリエイターたちの流出を招く恐れがある。
今回の問題はディズニーだけに留まらない。
企業の政治問題・社会問題への対応によって消費者が購買を決定する、いわゆる「消費アクティビズム」が広まっていけば、従来のように八方美人でいることは許されない。立場を明確化することが企業にとって必須条件となりそうだ。
<了>