【小西 未来のハリウッドのいま、日本のミライ】「ファンタスティック・ビースト」シリーズが打ち切り? 「ハリー・ポッター」の"魔法"が再現できなかった理由とは
「ファンタスティック・ビースト」(以下、「ファンタビ」)がシリーズ終了の危機に瀕している。
同シリーズは大ヒットシリーズ「ハリー・ポッター」(以下、ハリポタ)の前日譚で、全5作を予定していた。
だが、先日公開された第3作「ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密」(以下、「ダンブルドアの秘密」)の世界総興収は3億7600万ドル(2022年5月執筆時点)と、今までの「ハリポタ」シリーズのような勢いはみられない〔第1作「ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅」(以下、「魔法使いの旅」)は8億1400万ドル、第2作「ファンタスティック・ビーストと黒い魔法使いの誕生」(以下、「黒い魔法使いの誕生」)は6億5400万ドルだった〕。
映画が黒字となるためには、ざっくり製作費の3倍の興収が必要と言われる。興収から映画館の取り分が差し引かれるうえに、別途、広告宣伝費がかかるためだ。「ダンブルドアの秘密」には、新型コロナウイルスの影響もあってコストがかさみ、2億ドルもの製作費が投じられていることから、回収は絶望的だ。
公開前、製作・配給のワーナー・ブラザースは、同作の興収次第でシリーズ継続を決めると発言していたことから、「ダンブルドアの秘密」をもって「ファンタビ」シリーズが終了することになりそうだ。
「ファンタビ」シリーズは、「ハリポタ」シリーズと時代や主要登場人物は異なるものの、製作チームは同じで、同じ魔法世界を舞台にしている。ルーカスフィルムやマーベルが人気映画のスピンオフを次々に成功させユニバースを拡張しているのに、ワーナー・ブラザースはどうして失敗してしまったのだろうか?
2016年にスタートした「ファンタビ」シリーズが、いくつかの不運に見舞われたのは事実だ。
グリンデルバルド役のジョニー・デップはDV疑惑、クリーデンス役のエズラ・ミラーは逮捕され、脚本家のJ・K・ローリングもトランスジェンダー差別と捉えられる発言をして批判を招いた。
また、新型コロナウイルスの影響で第3作の公開が遅れたため、第2作の公開から4年もあいてしまったことも、「ファンタビ」離れを招く要因になったかもしれない。
だが、最大の原因は、身も蓋もない言い方だが、単純に面白くないからだ。
米映画評論家のレビューの平均点をまとめたサイト『Rotten Tomatoes』によると、第1作「魔法使いの旅」に関しては74%と高評価だったが、第2作「黒い魔法使いの誕生」で36%に下落。最新作「ダンブルドアの秘密」にしても47%となっている。ごちゃごちゃしていて方向性を欠いたストーリーや登場人物に魅力が欠如している点が、一貫して指摘されている。
ちなみに、「ハリポタ」全8作はいずれも高評価で、最低が「ハリー・ポッターと死の秘宝 PART1」と「ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団」の77%、最高が「ハリー・ポッターと死の秘宝 PART2」の96%となっている。
「ハリポタ」とプロデューサーや監督が同じである以上、「ファンタビ」で評価が急降下した原因は、脚本家のJ・K・ローリングにあると思われる。
「ファンタビ」シリーズには、「幻の動物とその生息地」という原作にあたるものが存在するものの、それはもともと「ハリポタ」シリーズに登場する架空の教科書という体裁をとっているため、物語はない。つまり、「ファンタビ」シリーズはJ・K・ローリングが映画のためにオリジナルで脚本を執筆しているのだ。
「魔法ワールド」について、J・K・ローリングより詳しい人はおそらくこの世に存在しない。だが、あいにく彼女には映画脚本の執筆経験がない。「ハリポタ」シリーズでは原作者に過ぎなかった彼女を、ワーナー・ブラザースは超大作の脚本家に起用する賭けに出たのだ。
前作「黒い魔法使いの誕生」の酷評を受けて、ワーナー・ブラザースは「ダンブルドアの秘密」では「ハリポタ」シリーズの脚本家スティーブ・クローブスと組ませたが、大きく改善されたとは言いがたい。J・K・ローリングが組んだ全5部作計画に沿ってストーリー作りをしなくてはならないため、クローブスが軌道修正できる余地は限られていた。
ハリウッドのメジャースタジオがこのような大作を手がける場合、複数の脚本家が英知を結集する"ライターズ・ルーム方式"(ひとつの作品を担当する複数の脚本家が集い、シーズン全体のストーリー展開から各エピソードの構成までを決めていくシステム)で脚本作りが行われるのが一般的だ。これはもともとテレビドラマの手法で、複数の作品を同時進行で進めなくてはいけない大作映画でも導入されている。
たとえば、「アバター」の続編4本を手がけることを決めたジェームズ・キャメロン監督は、ジョシュ・フリードマン(「ターミネーター:サラ・コナー クロニクルズ」)、リック・ジャッファ&アマンダ・シルバー(「猿の惑星:創世記」)、シェーン・サレルノ(「野蛮なやつら SAVAGES」)といった脚本家を一同に集め、彼らと話し合いを進めながら全4本の構成から各作品の展開までを詰めていった。
また、マーベル作品や「スター・ウォーズ」シリーズ、「トランスフォーマー」シリーズでもライターズ・ルーム方式が採用されている。
だが、ワーナー・ブラザースはJ・K・ローリングに、「ファンタビ」全5作のストーリー開発から脚本執筆までを一任してしまった。「ハリポタ」シリーズの生みの親である彼女だが、映画脚本の執筆経験はおろか、映画シリーズを企画した経験もなかった。
さらに不幸だったのは、ワーナー・ブラザースにクリエイティブ面でJ・K・ローリングを導く存在がいなかったことだ。
マーベルにはケヴィン・ファイギ社長、ルーカスフィルムにはキャスリーン・ケネディ社長、ピクサーにはチーフ・クリエイティブ・オフィサーのジョン・ラセターやピート・ドクターがいた。だが、ワーナー・ブラザースは「ファンタビ」シリーズの製作にゴーサインを出したケビン・ツジハラ会長兼最高経営責任者がスキャンダル発覚で辞任を余儀なくされ、その後も、AT&TやDiscoveryなどの買収でトップが次々と変わっている。
「ファンタビ」が存在意義を問われるシリーズになってしまったのも、必然だったと言えるかもしれない。
<了>