【小西 未来のハリウッドのいま、日本のミライ】マーベル映画の不都合な現実

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【小西 未来のハリウッドのいま、日本のミライ】マーベル映画の不都合な現実

現在、大ヒット中の「ソー:ラブ&サンダー」は、マーベル・スタジオにとって29作目の映画作品となる。2008年公開の第1作「アイアンマン」から14年でこれだけ多くの映画をリリースするばかりか、程度の差こそあれ、いずれもヒットさせているのは驚異的だ。

歴代世界総興収ランキングでは2位の「アベンジャーズ/エンドゲーム」を筆頭に、「アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー」、「スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム」、「アベンジャーズ」と、トップ10のなかに4作品も入っている。映画史上、これほどヒットを連発しているスタジオは存在しない。

しかも、同社が展開するマーベル・シネマティック・ユニバースは、動画配信サービス「Disney+」でのオリジナルドラマにも事業を拡張している。今年もこれまでに「ムーンナイト」「ミズ・マーベル」「シーハルク:ザ・アトーニー」がリリースされており、マーベル・スタジオが提供する作品の質と量は他の追随を許さない。

しかし、今回はマーベル・スタジオの成功要因ではなく、最近、囁かれるようになったダークサイドについて語りたいと思う。


今年5月、アメリカの匿名掲示板サイトRedditに「I am quite frankly sick and tired of working on Marvel shows! (マーベル作品のために仕事をするのは、はっきりいって、もううんざりだ!)」というタイトルの書き込みが投稿された。

投稿本文の内容は、「マーベル・スタジオは、制作とVFXの管理に関して、おそらく最悪のメソッドを採用している。連中は制作期間が半分以上過ぎるまで、作品のルックを決めることができない。マーベル作品に携わるアーティストには、明らかに仕事量に見合った報酬がまったく支払われていない。マーベル映画で働く魅力は今や薄れていて、こんな労働環境を何十年も続けた今、普通のテレビシリーズで働く方がよっぽど幸せだ。」というものであった。

この匿名のVFXアーティストによる投稿には、業界内から共感コメントが殺到しており、いまでは200件近いコメントが寄せられている。

VFXアーティストたちが指摘するのは、マーベル・スタジオとの仕事ではなかなか方向性が定まらず、急な変更が頻繁で、無駄な作業を多く課せられるということであり、したがって、他社作品よりも作業量がずっと増えるということだ。


Redditをきっかけに噴出したマーベル・スタジオへの不満に、各メディアも飛びついている。

アメリカのエンターテインメントサイトVultureは、現役VFXアーティストによる寄稿文を掲載している。

「マーベル作品の制作が大変なのはVFX業界では有名な話ですし、それをネタにしたダークなジョークも飛び交っています。私がある作品に参加したときは、ほぼ半年間、毎日残業でした。週7日勤務で、調子のいい週は平均64時間働いたときもありました。同僚は追い詰められて、私の隣に座って泣き出してしまったこともあります。」

マーベル・スタジオが煌びやかな作品を連発している一方で、VFX制作に携わったアーティストたちが疲弊しているのは事実のようである。


だが、VFXを必要とするハリウッド大作はマーベル作品だけではない。

今年のアカデミー賞の特殊効果部門では、「スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム」や「シャン・チー/テン・リングスの伝説」といったマーベル作品だけではなく、「フリー・ガイ」「007/ノー・タイム・トゥ・ダイ」「DUNE/デューン 砂の惑星」がノミネートされていた(受賞は「DUNE/デューン 砂の惑星」)。

数ある作品の中でも、なぜマーベル作品だけVFX制作に関する評判がすこぶる悪いのか?

最大の理由は、マーベル・スタジオがVFX業界の最大のお得意様だからだ。作品はすべて"スーパーヒーローもの"なので、1本の作品に必要とされるVFXショット数が大量だ。しかもリリースする作品数も多い。VFX工房にとってみれば、マーベル・スタジオと良好な関係を維持することが安定経営に不可欠となる。

マーベル・スタジオは相見積もりで委託先を判断するので、各社が好条件を提示する。そのため、必然的にその工房で働くアーティストたちの労働条件はきつくなってしまうのだ。


もうひとつは、マーベル・スタジオ特有の制作スタイルだ。マーベル・スタジオはインディペンデント映画を手掛けてきたジョン・ファヴロー監督を起用した「アイアンマン」で大成功を収めた。それ以降も、大作映画に慣れたベテランよりも、可能性を秘めた新人を重用している。

このアプローチにより、各クリエイターの個性が反映されたユニークな作品は生まれやすくなったが、一方でVFXアーティストたちの負担が大きくなってしまったようだ。彼らはVFXに慣れていないから、作業中の映像をみても判断を下すのが難しい。その結果、仮編集の段階でも高いレベルのレンダリング(映像作品に施した3Dなどの様々な加工を2D映像に変換する作業)を要求したり、意見をコロコロと変えたりしてくるというのだ。


かつてマーベル・スタジオは、キャスティングや制作スタッフに多様性が欠如していると批判されたことがあった。だが、2018年に公開された「ブラックパンサー」をきっかけに、今ではあらゆる人種や性別・性的嗜好をもったキャラクターを登場させており、制作体制にも同じような取り組みを採用している。

では、VFXアーティストたちからの不平の声はマーベル・スタジオを変えるのだろうか?筆者は懐疑的だ。なぜならマーベル・スタジオは真の悪者ではない。企業努力で制作コストを下げようとしているだけだ。

問題は、マーベル・スタジオとのパイプを維持するために、制作アーティストたちをこき使っている工房側にある。ベテランのアーティストたちが反旗を翻したところで、マーベル作品に携わりたい新人アーティストはいくらでもいる。日本の映像業界のやりがい搾取と同じで、マーベル作品への志望者がいなくならない限り構造は維持されてしまうのではないだろうか。


<了>

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