【小西 未来のハリウッドのいま、日本のミライ】ハリウッドにおける多様性と包括性。「ロード・オブ・ザ・リング:力の指輪」の緊急声明とは?
先日、アマゾン・プライムビデオの大ヒットドラマ「ロード・オブ・ザ・リング:力の指輪」の公式ツイッターが、異例の声明を発表した。
「私たち『力の指輪』のキャストは絶対的な連帯感をもって、一部の有色人種のキャストが日常的に受けている容赦ない人種差別、脅迫、ハラスメント、虐待に反対するために団結します」
「ロード・オブ・ザ・リング:力の指輪」(以下、「力の指輪」)とは、J.R.R.トールキンの「指輪物語」を下敷きに、〈中つ国〉の第二紀を舞台にした物語で、映画「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズの前日譚にあたる。
シーズン1だけで4億6500万ドルもの制作費が投じられたといわれる同作は、アマゾン・プライムビデオを通じて240以上の国と地域で配信され、初日の視聴者が2500万人以上と大成功を収めている。
それなのに、なぜ緊急声明を出したのか?
実は、多様性を重視したキャスティングが論争を呼んでいるためだ。
映画版「ロード・オブ・ザ・リング」は白人(しかも男性)の出演者が大半を占めていたが、「力の指輪」には非白人の役者が積極的に起用されている。
しかも、主人公のガラドリエルをはじめ、女性キャラクターが活躍する場面が多いことから、実業家のイーロン・マスクは自身のツイッターで「トールキンは墓の中でのたうち回っているだろう」と投稿。「これまでのところ、ほぼすべての男性キャラクターは、臆病者か、嫌な奴か、その両方だ。ガラドリエルだけが勇敢で、賢くて、善人だ」
イーロン・マスクの指摘が正しいかどうかはともかく、「力の指輪」が非白人や女性にフォーカスを当てているのは確かだ。なぜなら、現在のハリウッドにおいて、これこそが正しいアプローチだからだ。
ハリウッドといえば、2016年に勃発した「白すぎるオスカー」問題をきっかけに、多様性と包括性を重視した作品づくりにシフトしている。
アカデミー賞を主催する映画芸術科学アカデミーは白人男性過多である会員構成を是正するために、女性と非白人の会員を倍増。さらに、アカデミー賞作品賞のノミネート対象となるために、映画芸術科学アカデミーが提示した多様性に関する条件のクリアを求めるようになった。
メディア企業側もチーフ・ダイバーシティ・オフィサー(CDO)という役職を設け、作品に関わるキャストやスタッフの多様性・包括性に目を光らせている。
だが、こうしたハリウッドのトレンドを歓迎しない人も一定数いる。そんな彼らが「力の指輪」の非白人キャストを、SNSを通じて個人攻撃しているのだ。
実は、同様のことは他の作品でも起きている。
「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」のジョン・ボヤーガや「スター・ウォーズ/最後のジェダイ」のケリー・マリー・トラン、スター・ウォーズドラマ「オビ=ワン・ケノービ」のモーゼス・イングラムも同様の攻撃に遭った。つい最近も実写版「リトル・マーメイド」の予告編が公開されると、ヒロインを演じるハリー・ベイリーが攻撃のターゲットになっている。
つまるところ、彼らは有名作品において非白人のキャラクターが活躍することが気に食わないのだ。しかも、自らを純粋な原作ファンと名乗り、「世界観をぶちこわしている」「原作者が嘆いている」と、人種差別発言を正当化するからタチが悪い。
こうした状況を受けて、冒頭で紹介したように、作品の公式ツイッターではキャストの共同声明を発表したのである。
この声明には続きがある。
「J.R.R.トールキンはひとつの世界を作り上げており、それは定義上、多文化です。ここは異なる人種や文化を持つ自由な民衆が、悪の力を打ち負かすために、仲間として力を合わせる世界です。『力の指輪』はそれを反映しています。私たちの世界は決して白一色ではなく、ファンタジーは決して白一色ではありません。中つ国も白人ばかりではありません。BIPOC(Black, Indigenous, People of Colorの略語。黒人と先住民、有色人種を指す)は中つ国に属しており、今後も存在し続けるのです」
「力の指輪」の制作陣やアマゾン側も、こうした反発が出ることは予想できたはずだ。それでも、大胆なキャスティングを貫き、全面的に支持しているのは、ハリウッドにおいて多様性や包括性が一過性のブームでないことの証明でもある。
近年、ハリウッドで頻繁に使われるキーワードに「レプリゼンテーション」というものがある。直訳すれば「代表」や「表現」となるのだが、分かりやすく訳すと「作品のなかに社会の多様性を反映させること」となるかもしれない。
レプリゼンテーションは、世界最大のエンタメ工場であるハリウッドの反省から生まれている。彼らが生み出すコンテンツの登場人物は白人男性の割合が圧倒的に高く、実社会と乖離していた。しかし、その影響力が強すぎるばかりに、偏った社会観、ステレオタイプを世間に押しつけていた。
これを是正しようというのが、いわゆる「レプリゼンテーション」だ。人種のみならず、性別や性的嗜好や障がい者など、社会の多様性を作品へ適切に反映させるのが目的だ。だが、たとえば、黒人や女性、LBGTQのキャラクターを増やせば済むだけの問題ではない。彼らをリアルに描くためには、スタッフ側にも同じ属性の人たちが必要となる。
つまり、出演者のみならず、制作サイドもレプリゼンテーションを受け入れなくていけない。
いわばリベラル派が多いハリウッドが推し進めているポリコレ(ポリティカル・コレクトネス)なのだが、理想だけでは継続できない。
レプリゼンテーションの必要性が囁かれてからすでに5年以上も経過しているのに、勢いが衰えるどころか、もはやスタンダードと化しているのは、経済効果が伴っているからに他ならない。
たとえばマーベル・スタジオは、ほぼ黒人のみのキャストで作られたハリウッド超大作「ブラックパンサー」を皮切りに、アジア系ヒーローの「シャン・チー/テン・リングスの伝説」、イスラム系ヒーローの「ミズ・マーベル」と多様性を推し進めている。おかげでスーパーヒーローものに新たなフレーバーが加わったばかりか、新たな観客層を掘り起こしている。
誰でも自分と似た姿をした人が活躍する物語を見たいものだ。世界市場に向けてコンテンツを作るのであれば、レプリゼンテーションを意識するのはビジネス面でも正解なのだ。
話を戻すと、オリジナルの「ロード・オブ・ザ・リング」3部作に出演したイライジャ・ウッド、ビリー・ボイド、ドミニク・モナハンの3人は「力の指輪」の多様性キャストを支持する声明を発表している。
かくして、どんな肌の色をした人でも受け入れられる世界が〈中つ国〉のなかで実現した。このドラマを見て育つ人たちは、きっと新たな価値観をもとに世界を作り変えていってくれるに違いない。
<了>