【小西 未来のハリウッドのいま、日本のミライ】座席別の料金制度を導入した米映画館チェーンが批判を浴びる理由
米大手シネコンチェーンのAMCシアターズが、座席の位置によって料金が3段階に変わる「サイトライン at AMC」という新制度の導入を発表した(サイトラインは「視線」という意味)。
バリュー・サイトライン、スタンダード・サイトライン、プリファード・サイトラインの3つの料金体制で、バリューは最前列と障がい者向けの座席、プリファードは中央のもっとも人気がある座席で、それ以外がスタンダードとなる。スタンダードは通常料金で、バリューが割安、プリファードは割高になる仕組みである。
座席によってサービスが変わるわけではないので、飛行機の座席のクラス分けというより、コンサートや演劇、スポーツ観戦のチケットと同じコンセプトである。
動画配信との競合に加えて、新型コロナウイルスの影響で長期間の閉館に追い込まれたアメリカの映画館は、いまだに苦境に立たされている。すでに完全再開しているものの、スタジオ側が上映本数を減らしてしまっている。
そんなわけで、AMCシアターズは2020年に46億ドル、2021年に12億7000万ドル、そして、2022年の最初の3四半期で7億ドルの損失を計上している。
つまり、サイトライン制度の導入は収益増のための試みなのだ。より良い視聴環境に相応の料金を請求するという考えは、指定席が定着している日本の映画ファンにとっては驚くには当たらないかもしれない。
だが、アメリカでは「企業の強欲の極み」「動画配信を待つ理由が増えた」など圧倒的な反発を呼んでいる。
その理由を、「ロード・オブ・ザ・リング」などで知られる俳優のイライジャ・ウッドがツイッターで見事に言い当てている。
「映画館は、今も昔もすべての人にとって神聖な民主的空間であり、AMCシアターズによるこの新しい取り組みは、低所得者にペナルティを課し、高所得者に報酬を与えるものである」
アメリカの映画館は、上映時間によって料金が変動することはあっても、同一館内での価格格差は基本的にはない。公平・平等であるはずの映画館に、格差を生み出そうというAMCの姿勢を批判しているのだ。
さらに、この新システムを運用するためには、安いチケットで高い席に座っている不届き者を取り締まっていく必要がある(アメリカ社会は基本的には性善説では成り立たない)。
言い訳したり、罵声を浴びせてくるであろうタチの悪い客に対処する損な役回りを担わされるのは、映画館の下っ端であるアルバイトだ。ここにも格差が生じる。
そもそも、それなりの需要がなくてはこの新システムは成立しない。ある程度客が入っているのであれば、混雑しているスタンダード席やバリュー席を避けて、高価なプリファード席を率先して選択する人が出てくる。
しかし、ただでさえ魅力的な新作映画が少なく、売店商品の値段がつりあげられているなかで、この新料金体制は観客を遠ざけてしまわないだろうか?
実際、「AMCは自分たちの棺桶に最後の釘を打つばかりか、自ら中に入って蓋も閉めている」という批判もある。
ただし、AMCが展開する映画館サブスクサービス「AMC Stubs A-List」の会員であれば、追加料金なしで高価なプリファード席を取ることができる。
「AMC Stubs A-List」は週に3本まで映画鑑賞できるサービスで、ほとんどの州において月額19ドル95セントで提供されている。「サイトライン」を導入するAMCの真の狙いは、サブスクサービスの会員増なのかもしれない。
AMCは既にサイトライン制度をニューヨーク、シカゴ、カンザスシティの一部の映画館で導入しており、年内に全米の劇場に展開するという。
<了>