【小西 未来のハリウッドのいま、日本のミライ】映画「テイラー・スウィフト: THE ERAS TOUR」最大の成果〜コンサート映画需要の気づき〜
米歌手テイラー・スウィフトのライブ映像を収録したコンサート映画「テイラー・スウィフト: THE ERAS TOUR」が、北米興収おいて2週連続で1位に輝いている。オープニング週の興収は9280万ドルで、2011年公開の「ジャスティン・ビーバー ネヴァー・セイ・ネヴァー」(7300万ドル)を抜いて、コンサート映画としての歴代1位に。2週目もレオナルド・ディカプリオとマーティン・スコセッシ監督のタッグ作「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」を抑えている。
実は「テイラー・スウィフト: THE ERAS TOUR」は、アメリカでは通常とは異なる会社が配給を行っている。米映画館チェーンのAMCシアターズが配給を兼ねているのだ。
噂によると、当初はハリウッドの配給会社と交渉を行っていたようだが、決裂。その後、スウィフトの両親がAMCシアターズのアダム・アーロンCEOに話を持ち込んだ。コロナが明けたといえど、アメリカの映画館業界は通常運行とは言いがたい。AMCシアターズは飛びつき、数ヶ月かけて契約をまとめたという。
つまり、「テイラー・スウィフト: THE ERAS TOUR」の北米興収ランキングV2は、歌手と劇場チェーンという、ハリウッドのアウトサイダーたちが仕掛けていたのだ。
見事な成果に映るが、公開前の期待値と比較して、興行収入が低いと指摘する専門家もいる。実際、オープニング成績は北米興収1億ドルを突破するものとみられていたが、800万ドル足りなかった。その理由は、配給経験のないAMCシアターズが担当していたからかもしれない。
実際、「テイラー・スウィフト: THE ERAS TOUR」はAMCシアターズが配給する映画として宣伝されていた。そのため、ライバルの映画館チェーンであるリーガル・シネマズやシネマーク・シアターズでは上映されないものと勘違いされた可能性が高い(実際には、他のチェーンにも配給された)。他の映画館と比較して、AMCシアターズでの動員率が高いのがその証拠だ。
また、鑑賞の態度に関しても方向性が定められていなかった。通常の映画のようにじっくりと座って鑑賞すべきなのか、本物のコンサートのように歌ったり踊ったりするべきなのか? スウィフト本人は後者を勧めていたが、それが全観客に周知されていたわけではない。かくして映画館で不満を持った観客も少なくない。
これらは、プロの配給会社が宣伝方針をきちんと固めていれば、容易に回避できた問題と言えよう。
「テイラー・スウィフト: THE ERAS TOUR」の最大の成果は、ハリウッドにコンサート映画の需要を気づかせたことだ。
本作にファンが殺到したのは、テイラー・スウィフトがもともと人気アーティストであることに加えて、「THE ERAS TOUR」のチケットが極めて入手困難だからだ。近年コンサートのチケット代は高騰している。ストリーミング配信の普及にともない、アーティストはコンサート収入にますます依存するようになった。高いチケット代に見合う体験を提供しようとすると自然と製作費が上がり、人気アーティストのチケット代は転売によってさらに跳ね上がる。コンサートに対して圧倒的な需要があるのに、供給が追いついていない。その代替案がコンサート映画なのである。
一方、映画界にとってコンサート映画は「低予算」だ。VFX満載の超大作が2億ドル以上かかるのに対し、「テイラー・スウィフト: THE ERAS TOUR」は1000万ドルから2000万ドルと言われている。
さすがにテイラー・スウィフト並に観客を動員できるアーティストの数は限られているが、今回、商機を逃したハリウッドスタジオがコンサート映画に乗り出すのは確実だろう。
<了>