【小西 未来のハリウッドのいま、日本のミライ】MCU史上最低のオープニング...「マーベルズ」興行不振の真因とは?
2008年公開の「アイアンマン」以来、ヒットを連発してきたマーベル・スタジオが最新作「マーベルズ」で大きく躓いた。第33作となる同作の北米興行収入は公開3日間のオープニング成績で4600万ドル。第2作「インクレディブル・ハルク」の5540万ドルを下回り、史上最低のオープニング成績となってしまったのだ。
アメリカの大作映画はオープニング週が興行成績のピークで、それから週ごとにどんどん落ちていくのが通例であるため、2億2000万ドルともいわれる製作費を投じた同作が赤字となるのは確実だ。
ギャンブル性が高い映像業界においては当たり外れがあってあたりまえだ。だが、マーベル・スタジオは10割のヒットを飛ばすユニコーンのような存在だった。いったい何が起きたのか? 今回はその原因を分析したいと思う。
まずは、「マーベルズ」の評価をみてみよう。アメリカ最大の映画レビューサイト、ロッテントマトの評価は62%で、決して高くはない。だが、63%だった「ソー:ラブ&サンダー」が 1億4416万ドル、さらに低い47%である「エターナルズ」は7129万ドル、そして46%の「アントマン&ワスプ:クアントマニア」が1億610万ドルで北米デビューを飾っていたことから、映画評とオープニング成績との間に相関性はみられない(ただし、評価の低い作品は口コミが広がるため、第2週からより大きく落ち込む)。
「マーベルズ」不振の理由としてまず考えられるのは、米俳優組合(SAG-AFTRA)のストライキだ。
ストライキの期間中、同組合に所属する俳優たちは交渉相手のスタジオが手がける作品への出演のみならず、宣伝をボイコットしていた。ストライキは11月9日に終結したが、「マーベルズ」の公開は翌日の11月10日。つまり、貴重な宣伝期間において、出演者たちは一切稼働していなかったことになる。そのため、従来のマーベル映画と比較して、一般に周知されていなかった可能性はある。
また、新型コロナウィルスがもたらした視聴習慣の変化も考えられる。コロナ禍の緊急措置として、ディズニーは同社の動画配信サービス「ディズニープラス」で新作映画を配信していた。いまでは一定期間劇場で先行公開する「シアトリカル・ウィンドウ」を復活させているが、自宅で新作映画を鑑賞するスタイルに観客を慣れさせてしまった可能性は否定できない。
実際、マーベル・スタジオと同じディズニー傘下で、コロナ禍に「ソウルフル・ワールド」「あの夏のルカ」「私ときどきレッサーパンダ」の3作品をディズニープラスで独占配信したピクサーが苦境に立たされている。
コロナ後に劇場公開した「バズ・ライトイヤー」の北米興収は1億1830万ドル、「マイ・エレメント」は1億5000万ドル程度と、コロナ前とは比較にならないほどのダウンとなっている(参考として、コロナ前に公開された「インクレディブル・ファミリー」(2018年公開)は6億ドル超え、「トイ・ストーリー4」(2019年公開)は4億3400万ドルだった)。
マーベルに関しては、「ブラック・ウィドウ」(2021年公開)のみを劇場とディズニープラスとのハイブリットで配信。「シャン・チー/テン・リングスの伝説」(2021年公開)以降は、すべての作品を劇場で先行公開。そのため、ピクサーほど影響は受けていないだろうが、それでも映画館から足が遠のいたマーベルファンもいるだろう。
だが、自分に言わせれば、「マーベルズ」が興行で失敗した真の原因は、マーベル離れが起きているせいだ。作品数の急増と、それに伴う質の低下が理由であると考える。
2008年から映画のリリースを開始したマーベル・スタジオは、2015年から映画を最大で年3本公開。2021年からはディズニープラスを舞台に、オリジナルドラマも展開。初年度には「ワンダヴィジョン」「ファルコン&ウィンター・ソルジャー」「ロキ」「ホワット・イフ...?」「ホークアイ」、2022年には「ムーンナイト」「ミズ・マーベル」「シー・ハルク:ザ・アトーニー」、2023年に「シークレット・インベージョン」「ロキ(シーズン2)」「ホワット・イフ...?(シーズン2)」と、尋常じゃないほどの数の作品を生みだしている。
増産がはじまったのは、2019年の「アベンジャーズ/エンドゲーム」で「アイアンマン」から続いたマーベル・シネマティック・ユニバース(以下、MCU)に一区切りがついた時期と重なる。それまでのMCU作品3つのフェーズは「インフィニティ・サーガ」と呼ばれるのに対し、2021年の「ワンダヴィジョン」や「ブラック・ウィドウ」からは「マルチバース・サーガ」という新たな物語となっている。
ただ、新たなフェーズに入り、作品数は急増したものの、それまで担保されていたクオリティが落ちているのだ。ロッテントマトで、フェーズ4以降のMCU作品の評価を見ればそれは明らかだ。かつてはMCU作品を夢中で追いかけていた息子たちも、いまではマーベルドラマを最終話まで見なくなってしまっている。
仮に「マーベルズ」が大傑作だったとしても、最近のMCU作品の場合、他の作品への評価が影響を及ぼす。なぜなら物語が密接につながっているからだ。「マーベルズ」は「キャプテン・マーベル」(2019年公開)の続編であり、ディズニープラスの「ミズ・マーベル」ともつながっている。同じユニバースを舞台にさまざまな映画の主人公たちが行き来することが、MCU作品の魅力であり強みだったが、一連の近作の質が悪化したことで、足を引っ張り合うようになってしまったのだ。
フェーズ2と3で重要な役割を務めたルッソ兄弟(「キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー」「アベンジャーズ/エンドゲーム」)やジェームズ・ガン監督(「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」)といった優秀なクリエイターが抜けたこともあるが、最大の原因は司令塔であるケヴィン・ファイギ社長が作品を抱えすぎていることだろう。マーベルに量産を求めたディズニーの責任でもある。
解決法は簡単だ。作品数を減らすこと、クオリティを担保すること、他の作品と繋がっていない独立した作品を増やすこと、の3点だ。幸い、次の公開作「デッドプール3」は、もともと20世紀フォックスで作られていた人気シリーズの最新作で、従来のMCU作品とは趣が異なる。仕切り直しをするのに絶好の作品といえるかもしれない。
<了>