【USAメディアレポート】2021年米アップフロント予測 テーマは 「テレビをREINVENT」焦点は、リニアからクロススクリーンへ
コロナ禍に見舞われた2020年、アメリカのメディア業界も大きなインパクトを受けたことにより、2021年の米アップフロントは昨年までとはスタイルや方向性に変化が現れています。同アップフロントの最新情報や今後予測される業界の展望を、ビデオリサーチUSA 谷口社長がレポートします。
アップフロントとは、その年のテレビの新編成(9月から向こう一年)のテレビCM枠売買を前倒しで行う取引のこと。プライムタイムを中心に大体7〜8割の在庫がここでさばかれると言われている。
今年の取引額は昨年並か。全てのスクリーン上の広告枠の取引へ
NYタイムズのコメントによると、昨年は新型コロナウイルス感染症拡大により経済活動がシャットダウンしたこともあり、2020年のアップフロントの取引額は、昨年比15%ダウンのUS$1.8B(約1.8兆円)。ただ、第4四半期(9月〜12月)はコロナの影響が見えてきたこともあり、スキャッター市場※1で随分巻き返したようで、その数字の集計が待たれるところです。
今年のアップフロントは、コロナが落ち着く見込みで、大手の広告主が多少戻ってくる流れがあります。昨年はアップフロント時にコロナの感染拡大がピークだったため、広告予算はスキャッターに後回しされました。しかし、今年は放送局の勢いも感じられ、多少なりともアップフロント予算は戻ってくるのではないでしょうか。
通常、5月からアップフロントのイベントが行われ、US$20B、日本円にして2兆円の広告費が動きます。今年はほぼ100%バーチャル※2、これにより各局数億ものコスト削減が見込まれそうです。
その中で、資本の潤沢な放送局は、5月を待たずプレゼンテーションを複数回に分けて実施するようです。ディズニーを例にすると、2021年2月23日に"Advertising Innovation(広告改革)" というタイトルでデータ、オーディエンスメジャメントといった戦略について、3月23日には"Program Development(番組開発)" イベントで、番組関連のプレゼンを実施。5月18日に大々的なアップフロントの会議を開催する予定です。
放送局のプレゼンテーションは、データを使った最先端の視聴者分析(テクノロジー)と、番組やメディアプランの2つに分けて行うところが多いようです。
トレンドとしては、テレビのフラグメンテーションが進む中、リニアのテレビだけでなく、 デジタル系のCTV、OTT、AVOD、SVODなどのストリーミングサービスを組み合わせ、広告効果を最大限に示しながら収益をどう確保するかがキーになっています。これらは、もちろんGAFAへの流出を防ぐこともありますが、リニアにはない強みを持つデジタル系のメディアとどのように掛け合わせるのかが、非常に注目されるところです。
そのために各局、1st party、3rd partyのデータを活用し、データ、スピード、機敏性、柔軟性を示そうと必死です。特に今年は、総合的にテレビ業界の「リインベント(再開発・よみがえらせる)の必要性を認識しているといった具合です。
また、ストリーミングサービスのディズニー傘下のHuluは、従来はアップフロントの前に行われていた、ニューフロントというデジタル系の取引に出していましたが、今後はアップフロントのみで広告取引きを行うそうです。つまり逆説的にいえば、テレビとデジタルが融合してきたことを裏付けるものではないかと興味深いポイントです。
また、テレビとデジタルの融合が進む中で、GAFAとの垣根もある意味で急激に低くなってきています。それを受けて、GAFA はよりアグレッシブに広告主にアピールしてくるでしょう。彼らは、1st partyデータという、ものすごい武器を持っています。広告主側からすれば、エージェンシーを通さず、直でメディアと話せるので、データの説得力が高いことも魅力でしょう。現在、テレビに100出稿している広告主も、30ぐらいはGAFAに出すかもしれません。そのぶん、デジタルと融合したテレビも、GAFAに苛烈な競争をしかけていく流れになるかも知れません。
※1 スキャッターとはアップフロント以外の広告取引方法で 一般的には単発や短期間、あるいは急なキャンペーンの出稿時に枠を購入する市場のこと。
※2 バーチャルとはオンラインでのプレゼンテーション開催。広告取引交渉の実施を指す。
リニアはOne of them。 クロススクリーンでのアイデンティティが求められている
すでにアメリカでは、リニア視聴はオプションのひとつで、One of themでしかありません。リーチを考える上では、クロススクリーンでオーディエンスにリーチすることが求められています。放送局のメインビジネスはコンテンツを制作する企業へとシフトしてきている予感さえもします。
大事な点のひとつとして、あまり遠くない将来にはリニアもIP送信となり、一対一の視聴データが取得できるようになると考えられます。すると、ますますデジタルとの垣根がなくなり、デモグラの解像度も上がりそうです。 例えば、18〜49歳の視聴者は、コロナ禍でどういう物を求め、どういうWeb サイトに行き、 どういう形でリテールショッピングを行っているのかというような視聴者のアイデンティティまでが求められるようになります。
つまりデータは、量より質が重要になると予測します。
2点目は、クロススクリーンでのコンテンツ提供がスタンダードになると、広告プランニングで一番のポイントになるのは、リニアのGRPでリーチやフリークエンシーを考えるのではなく顧客のニーズに基づくカスタムなミックス・マッチを行い、リーチ・フリークエンシーのバランスを「全て」のスクリーンで実施することが最重要となります。またそれはCPMのアップにもつながると見ています。その際に、放送局や広告主が持っている1st partyあるいは3rd partyデータも交えながら、プランニングや取引を行うことが大事になると思います。
3点目にはクロススクリーンでの測定には、調査会社はもちろん、コンテンツの配給会社、ケーブルや衛星放送の配信会社、あるいはCTVやスマートテレビのメーカー、OTTプラットフォームなどとのパートナーシップが不可欠です。アップフロント取引では、どれだけ協力体制が整っているのかという点も注目されると考えます。
それらを通して、トータルで見たオンラインとオフラインのデータ、さらに、画面で見たものが、どういうところで購買につながったか、そのあたりの連携、連結が大切になってくると思います。
さらに、大手企業の広告主は、広告やメディアに対して独自のKPIとしての数値を持つようになると思われます。たとえば、広告の視聴後にどれだけWebサイトに訪れたか、クロススクリーンでの視聴データでどれだけデモグラフィックやサイコグラフィックの情報取得ができたかなど。これらに応えられるカレンシーデータを提供することが、今後の課題と言えるでしょう。
DX による効率化が進む一方、 人と人との関係が薄れたアップフロントに一抹の不安
今年のアップフロントは、テクノロジーやデータに寄った話が注目され、さらにバーチャルな空間で実施されるため、かなり味気ない印象を受けています。従来アップフロントというのは、テレビ側の広告を売る方と、広告主を代弁するエージェントが一堂に集い、信頼関係を築く場だったと思います。
アメリカのビジネスはドライだと思われがちですがそんなことはありません。取引が大きくなればなるほど、保証やギャランティなど利害が絡み、問題は複雑になります。しかし、そこは「あなただから、やりましょう」という人間関係で成り立っていて、急遽、広告を差し替えなくてはならない時でも、関係性の中で電話やメール一本で解決できることがありました。今後ますますデータドリブンなアップフロントに変わった時、業界として悪い影響が出なければいいなと思っています。
※3 MVPD とはケーブルTV や衛星TV 経由でテレビ番組を放映する事業者を示す