カープ野球を通してみえてくる広島県民の盛り上がりの構造〜マツダスタジアムのユニークなシート「砂かぶり席」や「びっくりテラス」
今年も残すところ、1 ヵ月をきってしまいました。皆様は、どのような一年だったでしょうか。
さて、私が住んでいる広島県は今年、色んな意味で注目を浴びたのではないかと思います。 その中でも、広島県民にとって忘れられないのはもちろん広島東洋カープの25年ぶりリーグ優勝!です。残念ながら、日本一は逃してしまいましたが、カープの盛り上がりは地元のメディアだけでなく、全国ネットのテレビ番組でも取り上げられることが多く、我々広島県民としては嬉しい限りでした。カープのリーグ優勝以降、広島市中心部では「広島東洋カープ」「V7」「優 勝」の文字があちこち見られ、県民あげて盛り上がっていることを改めて肌で感じました。カ ープの戦歴や県内の盛り上がりについては、各所で特集や記事を見かけることが多いので、今回は当社データから「カープを通してみえてくる広島県民の盛り上がりの構造」を探りたいと 思います。
野球は"優良なコンテンツ"
最初に、カープの盛り上がりを示すデータをみていきます。まずは切っても切れない視聴率から。ホームにおける野球中継の平均をみると、 この数年、カープの成績に伴い視聴率も上昇傾 向です【図表1】。近年、BSデジタル放送での中継が主戦場となった感のあるプロ野球ですが、広島地区の地上波では平均20%を超えています。これを目の当たりにすると野球中継は"特に優良なコンテンツ"といっても良いのではないでしょうか。
さらに、カープがリーグ優勝を決めた9月10日(土)の対巨人戦ナイターでは、驚異の60.3% を獲得しました。これは、広島地区で機械式による視聴率調査を開始して以来、2番目に高い世帯視聴率です。(ちなみに1番目は、1986年10 月12日のヤクルト×広島戦の63.5%)この時の毎分最高視聴率は71.0%、さらに1回でもチャンネルを合わせた世帯の割合(リーチ)は80.5%まで 達しています。この日を境にカープに対する関心度は加速度を増し、日本シリーズ中継では連日連夜50%前後まで上昇し、アツーイ試合とな りました。このように視聴率からも広島県民の熱狂振りがヒシヒシ感じられますよね。
さらに、広島県民の野球に対するアツイ思いを示すデータがあります。新聞記事で好きなジャンルを挙げてもらうと「プロ野球」と答える割合が他エリアにくらべ圧倒的に高いのが特徴です【図表2】。同じように、ラジオでも好きなジャンルとしてプロ野球が挙がってくるところが広島です。県民にとってプロ野球は媒体の垣根を越えた"優良コンテンツ"であることは間違いないでしょう。逆にいえば、広島県民へのアプローチにはどの媒体でもプロ野球に関わることが非常に有効だとわかります。
球場のアミューズメント化と「カープ女子」の定着
カープは2009年に広島市中心部の旧広島市民球場から広島駅近くのMazda Zoom-Zoomスタジアム広島に本拠地を移しました。それ以降、カープ球団は試合だけでなく、球場そのものの魅力アップに努めています。いまでは知られたことですが、球場内のシートは通常のシートに加え、選手の活躍が間近で見られる「砂かぶり席」、バーベキューができる「びっくりテラス」などなど多様な楽しみ方ができる作りになっています。 その他、スタジアムカフェの設置や、プレーをする選手の等身大人形や動物のオブジェ、子ども用の遊具や本格的なお化け屋敷の設置、選手がプロデュースする飲食メニュー、常設グッズショップなど、試合を見なくても楽しめる「ボールパーク」としての魅力アップを目指しているの です。
新球場ということだけでなく、球場のアミューズメント化という話題性もあり、2009年の公式戦ホームゲームの1試合あたりの入場者数(※注1)は25,000人を超え、移転前に比べ30%増の好調な滑り出しとなりました。翌年は若干伸び悩みましたが、カープ人気を後押しする「カープ女子」の定着などによって新たなターゲットを獲得。
2014年には約26,500人まで伸ばし、1試合あたり平均で4,000人近く(前年差)の観客を増やすことに成功しました。これに呼応したのか、この数年はシーズン終了まで観客を魅了する試合運びで観客の心をつなぎとめ、そして、今年、ついに念願のリーグ優勝を果たしたのです。
今期のカープの優勝は、地元経済にも多大なる効果をもたらしています。
広島経済レポート(※注2)によると、リーグ優勝翌日から百貨店や商業施設では優勝記念セールが開催され、いずれの店舗でも客数・売上げが大幅増だったそうです。クライマックスシリーズを勝ち抜き、日本シリーズに出場した経済効果は約278億円といった記事も紹介されています。(私も微力ながら地元経済に貢献したことになる でしょう)
このようにチームの成績に伴って各方面の経済に好影響を及ぼしているカープですが、他県の人からすると「行き過ぎた熱狂」と映るのかもしれません。
広島県民のほとんどがカープファン
そもそも、広島のカープファンのボリュームはどれくらいなのでしょうか。当社の調査「J-READ」データでみると、「カープ好き」とする広島県民は2003年から70%以上をキープし、2015年には85.2%に達していることがわかります【図表4】。新球場がオープンした2009年を機にカープファンが増大していきます。さらに、今回のリ ーグ優勝で、元々存在していた潜在的なファンが顕在化するとみられ、今年、カープファンのボリュームは最大化するのではないでしょうか。
広島県民のほとんどがカープファンである事実をデータからもわかっていただけたと思いますが、 なぜそうなのか、カープに対する意識構造を私の体験から考えてみました。
幼い頃、朝起きると自宅では必ずといっていいほどラジオがついていました。内容は決まって前日のカープの成績で、カープが勝っているとアナウンサーが「ウルトラマンタロウ」の歌を意気揚々と歌っているのでした。(なぜウルトラマンタロウだったのかは、いまだもって謎です・・・)
広島県民にとって、天気の話題とカープの話題は同列に語られています。子供の世界でさえ、まさしく、カープが日常だったのです。この雰囲気は今も昔もあまり変わっていないように思います。広島復興の歴史とともに語られることの多いカープですが、親がカープファンであれば、 その子どもは生まれながらにカープファンであり、さらにその子どももという具合に、カープ好き遺伝子が脈々と受け継がれ、それが県民のスピリットを形成しているように感じられます。
カープのマーケティング力× 地元企業の支援×県民のスピリット
以上、広島県民がここまでカープで盛り上がるキーワードをあげるとすると、「野球というコ ンテンツの優良さ」「球場のアミューズメント化」「カープ女子の話題性」ではないでしょうか。加 えて球団のスピード経営も魅力のひとつとなっ ています。例えば、選手のプレーをモチーフにしたTシャツを即時販売するなど、熱量のあるうちに展開し、その話題を地元メディアが取り上げ、県民が熱狂するといった道筋も出来上が っています。こういった他球団とは一線を画すマーケティング戦略も見えてくるのです。
今年のカープの盛り上がりは類をみないほどの印象を与えていますが、県民からすると元々盛り上がっていたものと感じています。 ただここ数年は「球場のアミューズメント化」「カ ープ女子の話題性」などの芽をしっかりつかみ、 育てることにより、よりよい球団経営に結びつけた「広島東洋カープ」と、それをツールとしてうまく活用した地元企業、そしてなにより、そこには脈々と受け継がれてきた「生まれがらにしてカープファン」という土台があったからこそであり、それらがうまく絡み合ってリーグ優勝を キッカケに広島全体の想いが一気に弾け出したのではないでしょうか。もっと端的にいうと、この盛り上がりは突発的に発生した事象ではなく、長年醸成された県民スピリットに、話題性がうまくかみあったということだと思うのです。
この盛り上がりの構造は広島特有なことかもしれませんが、少しでも地方創生のヒントとなればうれしい限りです。