生活者に向き合い、探求する、「今」と「未来」のインサイト 〜 2024年テーマ「ひとの"好き"を研究する」 〜
はじめに
2012年に前身の組織が発足後、約13年間にわたり生活者のインサイトを探究してきた当社の「ひと研究所」。「ひと」のエキスパートとしてメンバーが蓄えた知見や、"ひとそのもの"を研究する意義、最新の研究内容とは? 前身の組織から研究に携わり、今年4月に所長に就任した渡辺庸人、「映像視聴行動研究」のリーダーを務め、「視聴ジャーニー研究」を手掛ける主任研究員 吉池典子、「メディアと生活者研究」のリーダーを務め、「推し活研究」をメインで進める主任研究員 若狭谷笑未に話を聞きました。
写真右から 統括・ソリューションユニット
ビジネスソリューショングループ/ひと研究所所長 渡辺庸人
統括・ソリューションユニット
リサーチアナリシスグループ/ひと研究所主任研究員 吉池典子
統括・ソリューションユニット
リサーチアナリシスグループ/ひと研究所主任研究員 若狭谷笑未
1.「ひと」を深く知り、生活者と企業との" 橋渡し役" を担う研究所
あらゆるデータの根幹には、人がいる
ー まずは「ひと研究所」の成り立ちについてお聞かせください。
渡辺 2012年に「生活者」と「メディア・コンテンツ」にフォーカスした研究を行う「生活者インテリジェンス部」が発足しました。当社がこれまで得てきた視聴率やビジネス領域の調査データ、その分析から培った知見を土台として、生活者全般の研究をする組織です。これが前身となり、そこから2015年に当社生活者研究の総称ブランドとして「ひと研究所」が発足しました。
ー データ分析に加え、「ひと」そのものを研究する狙いは、どこにあるのでしょうか?
渡辺 当社はマーケティングリサーチの会社として、さまざまなクライアントにデータを提供していますが、それは日々生活者と向き合いながら多様な方法で集めてきたものです。その意味では、生活者と企業との、ある種" 橋渡し役"を担っていると考えています。当社のお客さまである放送局や広告会社、広告主となる企業の疑問は、突き詰めると大きく2つに集約されます。1つは「どんなメディアやコンテンツなら、生活者に選んでもらえるのか?」。もう1つが、「どんな広告なら生活者に受け入れてもらえ、効果を発揮できるのか?」です。この2つの疑問について研究し、答え続けていくのが「ひと研究所」の役割。そこで生活者の行動や調査データなどを基に、特性やインサイトにまで踏み込んだ研究をして、さらに深くひとを知り、得られた知見をお客さまのビジネスに生かしてもらうことが狙いのひとつです。
「時間」と「お金」の使い道を左右する?2024年は「ひとの"好き"」に着目
ー 約13年間にわたる活動の実績について教えてください。
渡辺 立ち上げ当初は、生活者を深く理解し分類する研究を中心に手掛け、マーケティングのための生活者セグメントを開発しました。2015年、2017年にはその関連書籍も発行しています。さらに、2019年頃までは広告会社・放送局や大学との共同研究も進めていました。2020年からは生活者の行動・インサイト全般から、映像視聴や放送局の課題にフォーカスした研究へと対象をシフトしました。現在は生活者の「映像視聴行動研究」に主眼を置いてレポートを発表したり、イベントへ登壇したりしています。
ー 2024年のコアテーマは、「ひとの" 好き" を研究する」です。なぜ" 好き"という感情に着目したのでしょうか?
渡辺 生活者が行動をするときに使う資源には、「お金」と「時間」の2つがあると考えています。近年、スマートフォンなどのデジタルデバイスと安価な通信手段が普及することで、娯楽やサービスを享受するための場所や時間などの制限が非常に少なくなってきています。また、社会的に価値観の多様化もどんどん進む中で、生活者は以前と比べて、より自由な選択ができるようになってきた側面があります。そのような制約の無い自由な環境(かつ膨大な情報)の中で、自分が持つ資源...お金と時間をどう使うか考える際、「好きかどうか」の影響力が非常に大きくなっていると感じていました。加えて、コロナ禍では、動画の視聴時間が増加したというデータがありますが、その動機も当初の「空いた時間を埋める」ことから「楽しい気持ちになる」ために好きなコンテンツを見るといったものになりました。そうした「楽しさ」とは何か? の研究をしてきた結果、" 好き" の研究というテーマにたどり着きました。
生活者を"引き"で見てきた知見は、どんな企業の課題にも有効
ー 「ひと研究所」の強みはどのような点にあると考えていますか?
渡辺 まず挙げられるのは、当社が有する膨大なデータと、そこから得られた知見を用いて研究を進められる点です。なかでも「映像視聴行動」については、長年視聴率の調査を行い、生活者の視聴動向を的確に捉えてきた当社ならではの強みを生かした研究だと思います。
吉池 当社ではさまざまなデータを用いて分析を行いますが、「ひと研究所」以外の業務では、何かしらの特定のコンテンツや広告といった、対象物自体への評価を取り扱っています。けれど、そうした評価構造のベースにはやはり生活者の意識や価値観があり、どんな対象物の評価分析を扱う場合もひとへの理解は不可欠です。この基盤となる部分を研究し、下支えしているところが強みだと考えています。
若狭谷 「ひと研究所」では生活者を" 今の生活者全般"という全体的な視点でも、何かのテーマに則した" ○○を利用している生活者" という視点でも見ていきます。今の生活者全般の動向やそれに紐づくインサイトは、どんな業種や業界においても重要だと考えています。私が3C 分析の中で一番重要であり難しいと感じるのは「Customer」ですが、おそらくクライアントが一番求めている情報も同じなのではないでしょうか。
2.映像視聴時の行動と満足度を可視化する「視聴ジャーニー研究」とは
「何となく見ている番組」は選ばれない時代。カギとなるのは「体験」強化を通して、強いインパクトを残すこと
ー まずは映像視聴時の生活者の行動を可視化する「視聴ジャーニー研究」を始めた理由や、背景についてお聞かせください。
吉池 入社以来20年以上にわたり、"テレビ離れ"を根幹とした放送局のさまざまな課題や悩みと向き合ってきました。その中で、何とかテレビの役に立ちたい、テレビを支えている方々の支援をしたいという気持ちがありました。テレビはもはや「あって当たり前」のメディアで、インフラとも言える地位に上り詰めています。だからこそ視聴者も「何となく見ている」状態が普通でした。ところが近年、生活者の価値観と生活行動が変化し、映像視聴行動においては、目当てのコンテンツがあるから見にいく、「目的視聴型」になってきたのです。
ー なぜ生活者の視聴行動にそうした変化が起こったのでしょうか?
吉池 私の持論ですが、変化のベースにある価値観は、おそらく「合理化」なのだと思います。合理的・効率的にニーズを満たしたいと考えると、ニーズが細分化されてシンプルになる傾向があります。「泣きたい」ならこの映画、「笑いたい」ならこの動画、といった感じで" 目的"別に整理すると、合理的に行動できますから。
一方でテレビ番組は、そうした目的の垣根がない、複合的で総合的なエンターテインメントでした。百貨店と専門店のような違いがある中で、選ばれにくくなってしまった状況を見て、テレビ番組一つひとつの"インパクト"を強め、「何となく見る」ものから脱却する方法が必要だと感じていました。そこで映像視聴行動を「視聴している瞬間」だけではなく、その前後の視聴者の心の動きや行動までを含めた一連の「体験」として捉え、活性化することが大事なのではないかと考えました。そのためには、まず生活者の映像視聴にまつわる行動やリアクション=「視聴ジャーニー」(図1)を明らかにしよう、とこのテーマに至りました。
(図1)<視聴ジャーニー>の考え方
視聴後の行動が満足度を変える!?体験による"付加価値"の可視化を目指して
ー 具体的にはどんな調査や分析を行っているのでしょうか?
吉池 この研究では映像コンテンツの" 付加価値"を可視化しようとしています。具体的な方法としては、印象度の高いコンテンツに対して「視聴前」「視聴中」「視聴後」にそれぞれどのような行動をいくつしたかアンケートを取って分析し、視聴状況や「ジャーニー」を明らかにしていきます。さらに、視聴したコンテンツ自体の満足度に加え、それら一連の「体験」の満足度、「視聴体験満足度」を測っています。
2022年7~8月と2024年1月に行った2回の調査を通して、まず、視聴ジャーニー内の行動やリアクション数、種類が多い視聴者は、視聴体験満足度が高まりやすいことが分かりました。なかでも、感想の共有や番組にまつわる情報を調べるといった、「視聴後」の行動がキーになっていることも見えてきました。さらに視聴体験満足度が高まると、継続視聴意向も高まることが検証できました。視聴ジャーニーを活性化させられれば、視聴体験満足度が高まって継続して見てもらえるうえ、視聴者自身がコンテンツ自体やその楽しみ方をより盛り上げてくれるのです。
「視聴体験満足度」を高めることが、テレビ全体への「好き」につながる
ー 視聴者が行う一連のアクションがコンテンツの" 付加価値" になるのですね。
吉池 はい。コンテンツ自体の価値以外に、そうした行動から生まれる" 付加価値" を高めることで、「テレビを見る体験」自体を良いものと思ってもらえると信じています。
渡辺 視聴体験満足度が高いと「テレビは良いものだ」といった感覚が生まれ、メディア全体にもプラスの影響があります。番組自体の満足度と視聴体験満足度を比較した場合、実は「視聴体験満足度」の方が継続視聴意向などへの影響力が強いと分かりました。つまり、視聴前後の体験まで満足してもらえる施策の実行が、テレビにより魅力を感じてもらうために重要になるということです。
吉池 そのためにも視聴ジャーニーを活性化することが大事だと提唱していきたい。作り手側が視聴ジャーニーを活性化する大切さを知ること自体が、コンテンツに変化を生み出す可能性は大いにありますから。
3.中高年にも浸透する「推し活」。数値では測りきれない" 熱量" の動きをつかむ
"好き"を発端とした「推し活」は、今の生活者を捉えるうえで外せない要素
ー「 推し活研究」を始めた理由や背景についてお聞かせください。
若狭谷 今の生活者を捉えるうえで、" 好き" な気持ちを発端とした「推し活」のような行動やその際の心の動きは外せない要素だと感じていました。近年、番組視聴に関してもSNS 上などで視聴率の動きだけでは把握できないムーブメントが起こっています。そうした数値で測れない「気持ちの熱量」や盛り上がり、流れをきちんと捉えられないと、生活者のニーズは見えてこないと考えたのが大きな理由でした。
ー 具体的にどのような研究を行っているのでしょうか?
若狭谷 2024年2月に15~69歳の男女約4,200名を対象に推し活にまつわるアンケートを取り、実態調査を行いました。アンケートの分析を通して、推し活と言われる活動では、誰がどんなことを行っていて、どのくらい浸透しているのかをまずは把握した状況です。
推し活と聞くと若者のムーブメントというイメージがあるかもしれないのですが、結果として見えてきたのが、実は中高年にも浸透している実態です。調査では、60代の方でも24%...4人に1人は「推し」がいることが分かりました。割合としては10代が一番高いものの、60代でもそれだけいることは大きな発見でした。
推しが買い物や行動の「目的」に。購買ファネルでは語れない消費活動
ー 推し活は生活者のメディア利用や消費活動に、どのような変化をもたらしているのでしょうか?
若狭谷 推し活をしている人としていない人で、メディアへの接触量は大きく異なり、どのメディアにおいても推しがいる人の方が多くなります。YouTubeなどの無料動画は、10~40代の利用媒体の1位、50~60代でも2位に入りました。いずれにしても、メディアを見る動機の一端が推し活になっている傾向があります。また、消費活動に関しても、いわゆる「購買ファネル」に当てはまらないアクションが見られます。通常は「認知」「比較検討」といった段階を踏んで、購買へとたどり着くものですが、推し活では、「推し」という目的をベースに「推しに関わる物を買う」といった購買行動が発生する流れがあるようです。まさに「お金」と「時間」の使いどころが推しによって左右されるということなのだと思います。
「人気の"推し"を出せばOK」ではない。上手な活用には、仕組みの解明が大切
ー 企業が推し活を楽しむ生活者へアプローチをするうえでのポイントはありますか?
若狭谷 大切なのは、推し活が盛り上がっているから「彼らの" 推し"を出せばいい」という話ではない点だと思います。そうではなく、推し活のメカニズムのようなものを解明することで、企業と生活者をつなぐ仕組みへ転化できるのではないかと考えています。
渡辺 生活者にアピールをするうえで推しを活用するとしても、その方向性や方法を" 外さない"ようにすることが大事だと思います。方法を間違えると、逆に反感を買ってしまうこともある。そのためには、やはり推し活とはどんなものか、さらに推し活をしている「ひと」についての理解が必要になります。
若狭谷 仕組みの解明のためにも、今後は、推し活における熱量がどんなもので、どう行動につながっていくのかをメインに研究を進めたいと考えています。
日々変化する「ひと」について"一緒に考える"研究所。気軽に悩みを聞かせてほしい
ー 最後に、「ひと研究所」に興味を持たれた方へのメッセージをお願いします。
若狭谷 「日頃から生活者を見ている視点で意見がほしい」などのご要望も大歓迎です。「人に関して知りたいことがある」「これから『人』について考えていきたい」などのお話がありましたらいつでも飛んでいきますので、気軽にお声がけください。
吉池 「ひと研究所」に限らず、当社全体として" 一緒に悩む"というスタンスで関わっています。些細なことでも悩みを聞かせていただけたらうれしいです。
渡辺 生活者の考えや行動は日々変化しています。メディアにおける視聴者やユーザー、各企業の顧客となる生活者について、考えていかなくてはならないときに、一緒に考えるのが「ひと研究所」です。人々について考えたいと思っている方は、いつでもご連絡ください。