【小西 未来のハリウッドのいま、日本のミライ】Appleオリジナル大作映画が次々と劇場公開。そのビジネスモデルの行く末は?
Apple製作のオリジナル映画『ARGYLLE/アーガイル』が海外興行で撃沈した。
同作は『キック・アス』『キングスマン』のマシュー・ヴォーン監督が手がける注目作で、人気スパイ小説の作者が謎の男たちに命を狙われることになるというストーリーだ。
『ロマンシング・ストーン 秘宝の谷』や『ザ・ロストシティ』を彷彿とさせる物語設定に、ヴォーン監督が手がけるアクション描写が加われば、痛快なエンタメ映画が期待できそうなものだ。
実際、Appleもそう信じて2億ドルという巨額予算を投じたわけだが、蓋を開けてみれば北米興収のオープニング成績はわずか約1747万ドル。これまでの世界総興収は約9222万(2024年3月現在)ドルに留まっている。
興行不振の理由はクオリティと言われている。
米批評サイト「ロッテントマト」の評価は33%と芳しくなく、総評によると「『ARGYLLE/アーガイル』は、スパイスリラーというジャンルにバカバカしいエネルギーを加えることである程度の成果をあげているものの、込み入ったプロットと長すぎる上映時間で観客を飽きさせている」そうだ。
マシュー・ボーン監督は3部作にすることを目指していたが、実現の可能性は限りなくゼロに近くなった。
映画の収支は、興行収入から製作費を差し引けばいいという単純なものではない。公開館から得られる興行収入は劇場と配給で分けあい、配給は宣伝費も負担するので、興行収入が製作費の3倍になってとんとんになると言われている。
ただし、『ARGYLLE/アーガイル』の場合、このあとApple TV+での世界配信が控えているため、Apple TV+の宣伝的な側面もある。だが、さすがのAppleも劇場公開でこれだけの赤字を出すことは予期していなかったのではないだろうか。
『ARGYLLE/アーガイル』はAppleが大規模な劇場公開を行った3番目の映画だ。昨年はマーティン・スコセッシ監督の『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』とリドリー・スコット監督の『ナポレオン』が公開され、世界総興収はそれぞれ約1億5600万ドルと約2億2090万ドル。
「興行収入が製作費の3倍」という目安で判断すれば、どちらも赤字である。
動画配信全盛の現代において、映画製作のビジネスモデルは大きく変化している。
先駆者のNetflixは劇場公開をしない、あるいは、公開をしても数週間だけという劇場軽視の姿勢を維持しているが、Appleは昔ながらの「シアトリカル・ウィンドウ」(映画作品が劇場で独占公開される時期のこと)をたっぷり設けている。
自作の劇場公開にこだわる人気クリエイターたちを引きつけるための方策で、実際、マーティン・スコセッシ監督やリドリー・スコット監督がAppleとのタッグを選んだのはそのためだ。
Appleは劇場公開を実現させるために、『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』はパラマウント、『ナポレオン』はソニー、『ARGYLLE/アーガイル』はユニバーサルと配給契約を結んでいる。
世界経済を牽引する「マグニフィセント・セブン」のひとつであるテック企業のAppleにとってみれば、映画製作での損失は取るに足らないものかもしれない。だが、『ARGYLLE/アーガイル』の大失敗を機に、映像製作部門であるApple Studiosの放漫な経営に厳しい目が向けられている。
Apple Studiosの次の大作は、ジョージ・クルーニーとブラッド・ピットが共演する『Wolfs(原題)』だ。
同じ仕事のために雇われた2人のフィクサーをめぐる物語で、『スパイダーマン』シリーズを手がけるジョン・ワッツ監督によるオリジナルストーリーだ。
『オーシャンズ』シリーズのクルーニーとピットの共演作とあって、争奪戦が勃発した作品である。今年9月にソニーが全米公開を行う。
さらに、ブラッド・ピットが『トップガン マーヴェリック』のジョセフ・コシンスキー監督とタッグを組む新作も準備中だ。タイトル未定の同作はF1の世界が舞台で、90年代に大事故を起こして引退したレーサー(ブラッド・ピット)が主人公。
ハビエル・バルデム演じる最下位チームのオーナーやダムソン・イドリス(『スノーフォール』主演)演じる若き天才ドライバーとの出会いを通じて、再びF1の世界に舞い戻るストーリーだという。
ひとりの映画ファンとして言わせてもらえば、Apple はとてもありがたい存在だ。
多くのスタジオがリスクを恐れてリメイクや原作モノを連発するなかで、オリジナル作品にたっぷりの資金を提供している。小規模作品で成功しているA24のように、大作映画で持続可能なビジネスモデルになってくれることを期待している。
<了>