【小西 未来のハリウッドのいま、日本のミライ】「SHOGUN 将軍」エミー賞18冠の理由

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【小西 未来のハリウッドのいま、日本のミライ】「SHOGUN 将軍」エミー賞18冠の理由

米テレビ界最高の栄誉となるエミー賞において、日本を舞台にした「SHOGUN 将軍」が18部門を制覇するという前代未聞の出来事が起きた。

非英語作品としては初の作品賞(ドラマシリーズ部門)受賞、さらに真田広之とアンナ・サワイが、それぞれ主演男優賞・主演女優賞の部門で日本人俳優として初の受賞を果たし、まさにハリウッドに新たな風を吹き込んだ。

実は「SHOGUN 将軍」は前評判が高く、また、常勝「メディア王~華麗なる一族~」などのライバルが不在だったため、業界関係者の間では大方の予想通りだったかもしれない。

しかし、これほど多くの部門で受賞したことは、単なる話題性だけでなく、作品の本質的な質の高さを示している。ここであらためて、その受賞理由を多角的に分析したい。

まず注目すべきは、このドラマの会話の7割が日本語であるという、非英語ドラマとしての特性だ。かつてのハリウッドでは考えられなかった快挙だが、実はこの数年、アメリカの視聴者の外国語や字幕に対するアレルギーは着実に薄れてきていた。

韓国ドラマ「イカゲーム」のエミー賞ノミネートや、映画「パラサイト 半地下の家族」のアカデミー賞4冠など、その兆候は随所にみられる。少なくともハリウッドの映像関係者の間では、言語の壁を越えた作品評価が定着しつつあるのだ。

この変化の背景には、Netflixをはじめとするストリーミングプラットフォームの台頭が大きく影響している。グローバルな配信システムにより、視聴者は容易に世界中の作品にアクセスできるようになった。

字幕や吹き替えの技術向上も相まって、言語の障壁は著しく低下した。まさにこの土壌があってこそ、「SHOGUN 将軍」が受け入れられる環境が整ったのだ。

次に注目すべきは、同番組にゴーサインを出した米ケーブルテレビ局FXの英断だ。

FXといえば、「FARGO/ファーゴ」シリーズや「フュード/確執」シリーズなど意欲作が多く、現在もSF映画の金字塔「エイリアン」シリーズ初のテレビドラマ「エイリアン:アース」を準備中という攻めの姿勢で知られる。

そんな彼らが、1980年のドラマ「将軍 SHOGUN」のリメイクを決断した背景には、知的財産(IP)の活用という戦略がある。

昨今の映像業界では、オリジナル作品の制作はリスクが高すぎるという認識が広がっている。そこで注目されるのが、既存IPの再活用だ。往年のドラマ(原作はジェームズ・クラベル)のリメイクは、ある程度の認知度があり、口コミを広げやすいという利点がある。

さらに、「SHOGUN 将軍」は日本という異文化を舞台にしているため、現代の多様性を重視する視聴者の興味を引くポテンシャルも秘めていた。

また、ライバル局HBOがファンタジー大作「ゲーム・オブ・スローンズ」で大ヒットを飛ばし、その後アマゾンが「ロード・オブ・ザ・リング:力の指輪」を手がけたように、視聴者のテレビドラマに対する期待値は年々高まっている。

大スケールの作品、没入感のある世界観、そして高品質な映像美 ---- これらを求める声に応えるべく、FXは「SHOGUN 将軍」を歴史大作として位置づけ、話題性と品質の両立を狙ったのだろう。

しかし、「SHOGUN 将軍」には大きな挑戦も待ち受けていた。会話の7割を占める日本語による大量の字幕、そしてアメリカの視聴者にはなじみの薄いキャスト陣。

このようなハイリスクな要素を含む企画にゴーサインを出したFXの決断は、エンターテインメント業界全体で高まりつつある、多様な文化や視点を反映する必要性への認識を如実に表している。

興味深いのは、クリエイターの一人であるジャスティン・マークスが、「字幕付きの非常に高価な日本の時代劇」にどうしてゴーサインが出たのか理解できないと述べている点だ。

この発言は、プロジェクトの斬新さと、それを推進した制作陣の大胆さを物語っている。同時に、ハリウッドが従来の枠組みを超えて、新たな挑戦に踏み出す準備ができていたことを示唆しているのではないだろうか。

最後に注目すべきは、クリエイターのジャスティン・マークスとレイチェル・コンドウが、主演の真田広之をプロデューサーに迎えた画期的な決断だ。

「ライジング・サン」から「47RONIN」に至るまで、ハリウッド映画における日本のトンデモ描写は珍しくない。この慣習を打ち破るべく、真田広之が重要な役割を果たした。

真田は米紙「USAトゥデイ」のインタビューで、「ハリウッドで20年やってきて、ようやくプロデューサーになった。なんでもいつでも言える」と語っている。

これは単なる役職の変更ではなく、ハリウッド作品における日本文化の描写に対する根本的なアプローチの変化を示唆している。

「間違ったものがあると、視聴者はドラマに集中できない」という真田の言葉は、文化的正確性が作品の没入感と信頼性に直結することを端的に表している。

真田のプロデューサーとしての関与は、徹底的なこだわりと情熱に満ちていた。日本文化の正確な描写に腐心し、キャスティングからスタッフの選定に至るまで自ら目を光らせた。

この前例のない取り組みは、相当なプレッシャーを伴ったに違いない。しかし、真田本人は「幸せだった」と語っている。この言葉からは、長年の夢であった日本文化の正当な表現への願いが、ようやく実現した喜びが感じられる。

かつてのハリウッドでは、日本人俳優が大作で実質的な采配を振るうことなど想像すらできなかった。この革新的な試みこそが、「SHOGUN 将軍」に比類なき真正性をもたらした。

結果として、日本の繊細さとハリウッドのダイナミズムが見事に調和し、エミー賞という最高峰の舞台で喝采を浴びることとなったのだ。

<了>

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