テレビの虜にさせるシカケ【VR FORUM 2024 レポート】
[登壇者](左から)
株式会社TBSテレビ コンテンツ制作局 バラエティ制作二部
「ラヴィット!」プロデューサー
辻 有一 氏
株式会社 フジテレビジョン 編成総局 バラエティ制作局 バラエティ制作部
「新しいカギ」チーフプロデューサー
矢﨑 裕明 氏
株式会社 ビデオリサーチ
統括・ソリューションユニット ビジネスソリューショングループ
プランナー
北澤 由美子
さまざまな動画プラットフォームが存在し、日々大量のコンテンツが提供されている昨今。テレビ番組が生活者に選ばれ、生活者を「テレビの虜」にするために必要なものは何か?TBSテレビ『ラヴィット!』と、フジテレビジョン『新しいカギ』、それぞれのプロデューサーが登壇。「番組の立ち上げ・ターニングポイント」「キャスティング」「視聴者との繋がり」「テレビの強みと課題」をテーマに語りました。
コンプラ担当者が「秀逸な企画」と評した「学校かくれんぼ」
初めに、それぞれの番組について立ち上げの背景やコンセプトが語られました。ともに2021年4月にスタートしたバラエティ番組で、『新しいカギ』は毎週土曜日(放送開始時は、金曜日)の20時~21時に、『ラヴィット!』は月曜~金曜日の8時~9時55分にオンエアされています。
『新しいカギ』は、「コントを中心とした総合バラエティ」というコンセプトを掲げてスタート。チーフプロデューサーの矢﨑氏は、放送開始から約1年半後の2022年11月に行った企画「学校かくれんぼ」が、番組のターニングポイントだったといいます。この企画は、番組のレギュラーメンバーが学校を訪れて生徒とかくれんぼで真剣勝負をするというものです。
「放送前に番組のコンプライアンスチェックを受けるのですが、50代のコンプラ担当者からチェックの返事をもらったとき、メールの冒頭に『学校かくれんぼが秀逸でした』と書かれていました。番組内容を厳しくチェックするコンプラ担当の方に企画を褒められたのは初めてだったので、この企画はいけるかも、という匂いがしました」(矢﨑氏)
初めて「学校かくれんぼ」を放送した2カ月後、こんどは2時間スペシャル番組の19時台の頭に放送したところ、『新しいカギ』ではこれまで見たことがないほど、視聴率が右肩上がりの状態になったといいます。「これでいけると制作チームに自信がつきました」と矢﨑氏。「学校かくれんぼ」は、コア視聴率(※1)が取れる番組の看板企画になりました。
(※1)コア視聴率:各放送局の重点ターゲットである「コア層」の個人視聴率
「新しいカギ」チーフプロデューサー 矢﨑 裕明 氏
「ニュースは絶対に扱わない」と決めた『ラヴィット!』
続いて、『ラヴィット!』のプロデューサー・辻氏が、番組を企画したきっかけを語りました。「番組が始まる前の2020~21年は、テレビをつければどこもコロナのニュース一色でした。テレビなんて見ていられないという人もいる。コロナでつらい思いをしている人が多数いる中で、本来娯楽であるべきテレビが一切役割を果たせてない。つらい思いをしている人たちが朝の時間帯にテレビを見て、一瞬でも笑って、一日を生きる元気をもらえるような番組を作りたいと思いました」。番組を企画するにあたり最初に決めたのは、「ニュースは絶対に扱わないこと」。コンセプトは「日本でいちばん明るい朝番組」。同時間帯の他局番組とは一線を画す考え方は、番組スタート時から変わっていないと、辻氏は話します。
番組はスタート後、さまざまな酷評も受けたといいます。「開始当初は、お洒落でスタイリッシュな番組を目指していたのですが、全然うまくいきませんでした。『朝の帯番組だから』という固定概念や、自分がこれまで手掛けた番組制作の成功体験に引っ張られて、『ラヴィット!』を作っていました」(辻氏)。
視聴者をつかめない厳しい時期が続いた『ラヴィット!』のターニングポイントを、辻氏は次のように語ります。「ある時、オンエアされなかった素材も含めて全部のVTRをディレクターに見せてもらいました。当時、お笑いコンビ・ニューヨークの料理コーナーがあったのですが、ニューヨークが朝の番組とは思えないほど異常にボケていました。ディレクターは、朝番組だからとそこをカットしていたんですね。でも僕は、ニューヨークが自由にボケている姿を見たら思わず笑ってしまって。面白かったんです。これまでの内容で番組を続けてもうまくいかないことは分かっていたので、いままでカットしていた部分を使い、笑いに振り切ったVTRを出したら、出演者のみなさんからいままでにないほどの熱を感じました。Xでの反応も明らかに変わってきて、番組が変わる『鉱脈』を見つけたようでした」。この出来事をきっかけに、いままでの固定概念や成功体験を全部捨てて、純粋に自分が面白いと思う番組を作ろうと思ったと辻氏はいいます。
「ラヴィット!」プロデューサー 辻 有一 氏
出演者とスタッフが心の底から楽しんでいることが番組のパワーになる
セッションでは続いて、キャスティングのポイントについて二人に話を伺いました。『新しいカギ』は、お笑い芸人がメインキャストですが、「学校かくれんぼ」に参加してくれる学生たちもキャストと捉えることができます。「学校かくれんぼ」は、学生や学校からの出演希望が殺到し、応募が8万件を超えているとのこと。応募が集まる理由について矢﨑氏は、「『学校かくれんぼ』は、『生徒の誰もがヒーローになれる』ことが企画コンセプトです。自分の学生時代を思い出しながら、どんな番組が学校に来たら盛り上がれるかという視点でアイデアを考えています。文化祭や運動会は、目立つ子と目立たない子、盛り上がる子とあまり参加できない子が出るイベントです。それに対して、『学校かくれんぼ』は、誰もが同じように参加できて、誰もがヒーローになれるチャンスがあります」。
一方、『ラヴィット!』のキャスティングの特徴は、同番組をきっかけに知名度を上げていく芸人がたくさんいることです。この点について辻氏は、「他では見られない番組を作ることが大前提なので、番組スタート時からキャスティングは相当こだわりました。開始当初にお願いした出演者は、見取り図やニューヨークなど、基本的に当時は東京でレギュラーを持ってない方や東京に進出していない方でした」。『ラヴィット!』でしか見られないキャスティングを実現するため、制作スタッフみんなで『M-1グランプリ』の予選のネタなどを見て、まだテレビに出ていないけど面白い人がいないか探しているといいます。さらに、同番組にゲスト出演するアイドルや俳優について、「出演者の知名度にすがるのではなく、番組を純粋に楽しんでもらえるか」をキャスティングの指針にしているとのこと。「出演者とスタッフが、心の底から楽しんでいることが番組のパワーになります」(辻氏)。
「新しいカギ」チーフプロデューサー 矢﨑 裕明 氏(左)と「ラヴィット!」プロデューサー 辻 有一 氏(右)
ファンが歓喜する仕掛けを番組にすぐ反映させる
続いて、両氏に「視聴者とのつながり」について考えていることを伺いました。はじめにビデオリサーチの北澤が『ラヴィット!』の視聴調査データを示しました。
調査結果(上表)を見ると、F1層(女性20~34歳)、F2層(女性35~49歳)ともに、視聴者の拡がり(1分以上の視聴した割合)、視聴の深さ(平均視聴分数)が、2021年より2024年の方が 伸びていることが分かります。視聴の深さの伸びは非常に顕著で、「『ラヴィット!』をしっかり長く見たいと思うファンが育ってきていると感じます」(北澤)。
「ファンを育てる」という点で大事にしていることを辻氏に聞くと、「いまの時代、家庭でテレビがいつもついていて、番組をなんとなく見てもらえることはありません。わざわざチャンネルを合わせてもらわないといけない状況。なので、『ラヴィット!』を明確に好きになってもらう必要がある」と述べました。
辻氏は、「好きの深度」をとても大事にしているといいます。これまでのテレビ番組作りは、番組が嫌いな人をなるべく少なくするために、好き嫌いがはっきり分かれないような「中間的な内容の企画」を考えるのが基本だったといいます。「でも僕は、番組を嫌いな人はいるものとあえて割り切って、好きな人に向かって作っています。『ラヴィット!』が好きな人に、より好きになってもらうことで、そのまわりの人にも番組が波及していくという考えです」(辻氏)。
「帯番組というと、基本的には曜日ごとの縦割りの作り方が多いかもしれませんが、曜日をまたいだストーリー性のある企画など、ずっと見てくれている人が楽しめる仕掛けをどんどん作りたい。さらに、たまたま見たら面白かったというサプライズ感のある仕掛けも増やしていきたい」と、番組作りの方針を辻氏は説明。
さらに、「放送開始当初から、Xでエゴサーチをしながらオンエアを見ていますが、そこに上がってくるコメントやアイデアを見て、ファンが歓喜する仕掛けをすばやくオンエアに反映させる『スピード感』を大事にしている」と述べました。
SNSの反響について、北澤は、ビデオリサーチが提供するサービス「Buzzビューーン!」を用いた計測結果を示しました(下表)。同サービスは、Xのデータを使って番組の「視聴質」を網羅的に示すものです。
『ラヴィット!』に関するXのポストについて2023年と24年を比較すると、ポスト数、投稿者数、1人当たりの投稿回数のいずれも右肩上がりに伸びています。このことから同番組はXでも盛り上がりを見せていることが分かります。
辻氏は、「番組への反響があるほどスタッフのモチベーションは上がりますし、現場の雰囲気も変わってきます。いまは、学校や普段の生活の中でテレビ番組が話題になることは少なくなっています。ですから、反響を湧き上がらせる仕組みを作りたいと考えていて、その一つの方法として、SNSをとても有意義に使っています」と述べました。
続いて北澤は、『新しいカギ』の制作チーム・演者で行った、今年の『FNS27時間テレビ』について、制作の工夫や意識したポイントを聞きました。質問に対して矢﨑氏は、「番組をどうやって終わらせるかをずっと議論していた」といいます。レギュラー番組と違い、『FNS27時間テレビ』は1発勝負で生放送。生放送の時間が長くなるほど、エンディングが難しいといいます。
過去の『FNS27時間テレビ』を振り返ったりする中で、「カギメンバー」と準レギュラーの丸山礼さんを含めた8人で、汗をかいて番組が終わる企画がいいのではと思ったそうです。内容はいま世間で注目されているダンス。番組のメンバー全員が、全国各地の学校に足を運んでダンスを特訓し、完成させるという企画にしました。「8人のメンバーはみなダンス未経験者で、各地の学校に往復に時間のかかる場所もある中で何度も足を運びダンスを学ぶのは大変だったと思います。僕自身、ダンスは『新しいカギ』で初めての企画。コケないか心配でしたが、視聴率も評判も良く、ホッとしました」(矢﨑氏)。
北澤は、「Buzzビューーン!」で計測した『FNS27時間テレビ』のポストデータを表示(下表)。Xのポスト数を分単位で集計してグラフ化すると、1日目の夜の時間帯、深夜、2日目の午前・午後、エンディングにかけてと、それぞれの時間帯でポストがかなり伸びているタイミングがあることを言及。27時間という放送枠全体を通して、要所要所で視聴者が盛り上がれるタイミングがあったことが伺えました。
北澤はさらに、エンディングに向けて放送されたダンス企画の時間帯にポストされたXのコメントを紹介。「テレビって全然終わっていない」「テレビ最高」といった非常に熱い書き込みが多く、10代や20代から多数の投稿があったことを紹介。『FNS27時間テレビ』は、普段テレビにあまり接していないと思われる若年層に支持されたことを伝えました。
テレビの虜にするには「イキる」ことも必要
セッション最後のトークテーマ「テレビの強みと課題」について、矢﨑氏は、『FNS27時間テレビ』の制作を通して、「何のためにテレビ番組を作っているのか」という原点に立ち返ったといいます。「『FNS27時間テレビ』では、今後ありえないかもしれないというほどの反響を感じ、改めて視聴者のために番組を作っていることを再認識できました。いろいろ支えていただいたスポンサーにも感謝していますし、フジテレビのブランド価値向上にも貢献できたのではないか」と振り返りました。
さらに矢﨑氏は、地上波のテレビは「制作者が自己表現をする場ではない」ことは理解しつつも、ある程度「イキる」、すなわち突破力が必要だといいます。「学校かくれんぼ」の企画にしても、ただのかくれんぼで終わってしまうところを、美術力を駆使し、予算を投下して、見る人を虜にする舞台を作りました。それができたのは、演出が考える「かくれんぼ」を実現しようとイキったからです。イキることで、番組作りで生み出せたものはたくさんあるので、若いディレクターもどんどん自分の意見をぶつけてほしいと述べました。
辻氏は、『ラヴィット!』の課題は、番組を継続していくことだといいます。「平日の朝8時から生放送していることは何よりの強みですし、帯番組の使命を背負っています。『日本でいちばん明るい朝番組』というコンセプトを掲げていますが、僕がもし番組を離れることがあっても、引き継がれてTBSの文化になればいいなと思います。帯番組で週5回、いま3年9カ月ほどやっていて、放送は970回を迎えています。これは、週1の番組なら20年ぐらいかかる回数です。『ラヴィット!』が飽きられないように日々変容しながら、志を持って視聴者に届けていくのはとても難しい課題です。その課題と向き合いながら、番組を後輩に繋いでいきたい」と語りました。
北澤は、「お二人の話から、制作のみなさんの熱量はしっかり視聴者に伝わっていることを感じました。Xのデータにも現れているように視聴者の熱量が高まると番組にも良い影響を与える循環が生まれることを改めて認識しました。チャンネルを合わせれば期待していたコンテンツに出会えるテレビの安心感が、改めて視聴者をテレビの虜にしていく大切なポイントだと強く感じました」と述べ、セッションを締めました。