2024年を振り返って思ったこと。
はじめに
2024年は、元日の令和6年能登半島地震の発生および大津波警報から始まり、南海トラフ地震臨時情報(8月)やさまざまな自然災害など、将来的に我々が直面する避けようもない困難をどうしても想像してしまう出来事が多くあったように思います。
日経平均株価が34年ぶりに史上最高値を更新(2月)し、4万円を突破して(3月)、これ自体は明るい話題でもありますが、円安や物価高の影響もあり、決して"景気がいい"といった状況とは言えませんでした。
国内の政治状況では、「政治と金」の問題で自民党への批判が高まるなか、岸田首相が退陣して、石破内閣が発足(10月)後すぐに衆議院を解散しましたが(10月)、選挙では現与党の過半数割れとなりました。東京都知事選(7月)や兵庫県知事選(11月)では、SNS上にある選挙に関わる多種多様な発信や情報が投票行動に結びつき、これまでの情勢分析では予測しきれない結果を生み始めていることが印象に残ります。
海外に目を向けると、年末近くには、シリアのアサド政権崩壊など、国際情勢は不透明な状況が続きますが、日本原水爆被害者団体協議会がノーベル平和賞を受賞したことは、日本の世界における存在感を高める意味では喜ばしい出来事でした。
さて、そんな1年は、メディア業界にとってはどんな年だったのでしょうか。恒例により、放送・通信・ITまわりを見渡して【10大トピックス】を挙げて振り返ってみます。
放送・通信・IT まわりの2022年 10大トピックス
1.日本の広告費は7兆3,167億円で過去最大。地上波テレビは前年比96%
2.2024年の高視聴率番組もスポーツが上位を占め、「ふてほど」はタイムシフトで
3.動画配信プラットフォームの利用実態を把握する「STREAMO」提供開始
5.インターネット配信がNHKの必須業務化と、イギリスの動向への注目
7.コンテンツの映像処理業務においてAI活用の取り組みが進む
日本の広告費は7兆3,167億円で過去最大。地上波テレビは前年比96%
電通「日本の広告費」によれば、2023年の地上波テレビ広告費は1兆6,095億円、前年比96.0%でした。
番組(タイム)広告費は、2023ワールド・ベースボール・クラシックなどの大型スポーツ大会や各種イベントの開催に伴い好調に推移したものの、北京2022冬季オリンピック・パラリンピックやFIFAワールドカップカタール2022などで増加した前年からの反動減を打ち消すには至りませんでした。スポット広告費は、4-6月期は新型コロナの5類感染症移行に伴うトラベル関連や映画の大型タイトルにおける出稿量が増加した結果、「交通・レジャー」が回復し、7-9月期は外出機会が増えたことによるメイクアップ製品の需要増や、インバウンドの増加に伴うキャッシュレス決済の利用拡大などがみられました。衛星メディア関連は通信販売市場が堅調に推移し、大型スポーツイベントが数多く放送されたことも寄与して、1,252億円と前年をわずかに上回りました。
インターネット広告費は、3兆3,330億円 前年比107.8%で、社会のデジタル化を背景に、総広告費に占める構成比は45.5%に達しています。インターネット広告媒体費は、 2兆6,870億円で前年比108.3%となり、コネクテッドTVの利用拡大などを背景に「テレビメディア関連動画広告費」が443億円で前年比126.6%と増加しています。
日本の広告費(総広告費)は、インターネット広告費によるけん引を経て2022年に7兆円台に到達し、2023年は7兆3,167億円 前年比103.0%と、前年に続き過去最高を更新しました。
【出典・参考資料】
2023年 日本の広告費 https://www.dentsu.co.jp/news/release/2024/0227-010688.html
2024年の高視聴率番組もスポーツが上位を占め、「ふてほど」はタイムシフトで
毎年、執筆(12月中旬)時点までのデータなので紅白歌合戦は対象から外れてしまいますが、2024年の高視聴率番組(関東・個人全体・リアルタイム)をみると、上位10番組中5番組がスポーツとなっており、2024年も前年に引き続きスポーツが上位を占めています。
具体的には、「第100回東京箱根間往復大学駅伝競走」(往路、復路)「サッカー・AFCアジアカップカタール・日本×イラン」「MLBソウルシリーズ2024開幕戦・ドジャース×パドレス」「パリオリンピック2024」がランクインしています。その他、上位10位以内には、「芸能人格付けチェック!2024お正月スペシャル」「24時間テレビ47愛は地球を救うのか?PART10」といった定番の高視聴率番組が並び、顔ぶれは特に変動はありません。なお、上位に挙がった報道やニュースは、スポーツ中継に連なるもの、能登半島地震に関連したものでした。
また、"ふてほど"でユーキャン新語・流行語大賞を獲得した「金曜ドラマ・不適切にもほどがある!」は、リアルタイムの視聴率では年間の上位100番組から圏外となるものの、タイムシフト視聴率ではドラマ部門で1位、全体でも2位でした。ドラマの要素であったコンプライアンスやハラスメントといった話題は、番組の終了後もリアルな社会問題や出来事によって2024年の大きなトピックスでもありました。リアルタイム視聴で突出した記録を残したわけではありませんでしたが、今年を象徴する作品になったのは間違いなさそうです。加えて13-19歳でみると、いわゆる人気の若手俳優、アイドルが出演する作品を抑えて、ドラマ部門の総合視聴率1位を獲得しており、これにはSNSの支えがあったのかもしれません。
動画配信プラットフォームの利用実態を把握する「STREAMO」提供開始
生活者がテレビ番組を含めた映像コンテンツをさまざまなメディア・プラットフォームやデバイスで視聴するようになり、それらを統合してコンテンツの価値を示す必要性が年々高まってきています。
このような課題感の中、当社では、自宅内におけるTVerやYouTubeなど動画配信プラットフォームの利用実態を把握できるサービス『STREAMO(ストリーモ)』(β版)を、2024年4月より関東地区にて提供を開始しました。これによって、同一サンプルの自宅内のテレビ放送視聴と動画配信プラットフォーム利用を実測で把握でき、例えば、「特定の動画配信プラットフォーム利用者が好むテレビ番組」「テレビ視聴量の少ない人が利用している動画配信プラットフォーム」などを分析することができます。
また、コネクテッドTVに加え、スマートフォン/タブレットでの動画配信プラットフォーム利用も可視化できますので、自宅内の動画配信プラットフォーム利用をデバイス別、ターゲット別、時間帯別に把握することが可能となります。一例を挙げると、動画配信プラットフォームの利用はリーチについてはスマートフォンの方が多いですが、時間量はコネクテッドTVの方が多く、デバイスによる利用の仕方の違いが実測データからみえてきています。
2025年10月には全国10,700世帯/約25,000サンプルでの提供開始を予定しており、それに向けて、データ、サービスの拡充を図ってまいります。
大規模災害時におけるローカル局の役割
令和6年能登半島地震によって、あらためてローカル局の役割を考えさせられる年でありました。放送の災害時の情報伝達としての役割は極めて重要で、まさに"ライフライン"の一つとなります。今回の震災で放送に関する印象的な出来事として、インフラが寸断された被災地で地上波放送が視聴できなくなったことに対して、NHKがBSの3チャンネルで総合テレビの番組を放送したことが挙げられます。非常時だからこそ、そして今後日本に起こりうる災害を想像すると、ライフラインとしての情報を届けることをどのように実現し継続するか、あらためて考える必要性を再認識させられます。
また、11月に開催した当社主催のイベント「VR FORUM 2024」の中でも紹介がありましたが、石川地区の民放4局が2022年から局の垣根を越えて展開しているキャンペーン「#WAKUをこえろ!」では、被災地に向けて2月から「ともにこえよう石川」のメッセージを発信しています。情報インフラとして、あるいは、そこに住む人々を勇気づけ困難に立ち向かうために、大規模災害時におけるローカル局の役割の大きさが表れている取り組みです。
一方で人口が減少していく日本において、どのような形でローカル局が存在し続けて、どのように地域貢献し人々の生活と結びついていくのか、課題は多い状況でもあります。日本の国土でどうやって網羅的に情報を届けるのかという観点も踏まえて、具体的な議論が求められてきています。
インターネット配信がNHKの必須業務化と、イギリスの動向への注目
放送法が改正され(5月)、放送と同等内容をインターネット配信することがNHKの必須業務となりました。先述した大規模災害時におけるローカル局の役割にも関連しますが、NHKの放送番組が社会生活に必要不可欠な情報であり、テレビを持たない人にも継続的・安定的に提供される必要があるという考え方にもとづいています。具体的な施策やサービスについてはこれから順次発表されることになると思いますが、人々に情報を届ける意味で"放送"と"通信"の垣根が今まで以上に無くなるきっかけになるのではないでしょうか。
また、"放送"と"通信"を分け隔てなく考えていく中では、コストも踏まえて"放送を続けるのか"というテーマも議論になりえます。海外の事例になりますが、イギリスの放送通信庁(Ofcom)のレポート「Future of TV Distribution」(5月)が業界内で話題となりました。レポートでは、今後の地上波テレビ放送プラットフォームをどのようにしていくかについて、①効率的な地上デジタルテレビサービスへの投資、②コアサービスに縮小、③地上デジタルテレビの廃止、という3つの選択肢を提示しています。イギリスと日本とでは、テレビメディアの性格や広告費構造の違いなどもあり、そのまま参考になるものではありませんが、先行する情報インフラの技術や運営に関する話題として、特にこれから1~2年の議論や動向は注目する必要がありそうです。
動画プラットフォームのオリジナルドラマが存在感
2024年は「地面師たち」「極悪女王」といったNetflixのオリジナルドラマが大きな話題になりました。コロナ禍による在宅時間の増加を背景にNetflixをはじめとしたSVOD利用が拡大しましたが、外出自粛が終わったタイミングで、ある程度利用が落ち着くかと思われました。しかし実際は、日本オリジナルのドラマや映画コンテンツによって会員数やファンが拡大している状況がみられます。ヒットの要因には、必ずしも万人受けする内容やテーマではないからこその「濃さ」があるように思います。
SVODは、国内外の映画や海外ドラマが視聴できることが魅力で利用が進んだ側面があります。その後、プラットフォーム独自制作のバラエティ番組が話題になったことや、人気アニメが配信されることも、視聴者の獲得につながってきました。
2024年に複数の日本オリジナルドラマが話題となったことは、"国内ドラマ好き"の視聴者の視聴習慣に変化をもたらす可能性を秘めており、動画プラットフォームオリジナル作品の動向や視聴者の評価を注視していく必要が出てきそうです。
コンテンツの映像処理業務においてAI活用の取り組みが進む
2024年日本民間放送連盟賞の技術部門で「ネイティブ版縦型動画変換システムの開発」(テレビ朝日)が優秀賞を受賞しました(9月)。AIを活用して、横型の放送用映像素材を適切に縦型に切り抜き、テロップを縦型動画に再配置するなど、スマートフォンに合わせた動画を自動生成するシステムとなっています。
また、11月に開催されたInter BEE 2024の展示を見てまわると、実際にAIを用いた映像の加工処理に関する展示が印象的でした。例えば、プライバシー保護の観点からのモザイク・ぼかし処理の自動化など、制作現場の方々にとっては便利なもの・業務効率化できる手段として、AIを活用したシステムや仕組みが実用化されてきています。
アナウンス領域ではAIによる自動音声の活用が進んでいますが、映像処理関連の領域でも、処理作業の増加や人手不足を背景にAI活用が今後より一層加速していくと考えられます。
Amazon Prime Videoが広告表示の導入を発表
Netflixが「広告つきベーシックプラン」を導入したのは2022年のことですが、Amazon Prime Videoも2025年より日本でも番組と映画に広告が表示されることを発表しました(10月)。同時に、広告表示をしない新しい有料オプションを提供する方針も示しています。
日本において最も利用されているSVODであるAmazon Prime VideoがAVODとなることで、広告市場への大きなインパクトが予想されます。実際に、2024年1月から既に広告表示がされているアメリカでは、競合するプラットフォームが広告単価を下げざるをえない状況があるといった話も出ているようです。また、Amazonのオンラインショッピングデータ(プロフィールや購買データ)との紐づけによって、競合プラットフォームとは異なるターゲティングが可能になることも想定できます。巨大なオンラインショッピングサイトであり動画配信プラットフォームであるAmazonが広告媒体になることは、市場に大きな影響をもたらしそうです。
チューナーレステレビの選択肢拡大
2021年に大手ディスカウントストアがチューナーレステレビを発売し話題となりましたが、2024年現在、比較的安い商品を発売しているメーカー・ブランドが年末商戦に向けて新商品を投入しています。とある比較サイトで「チューナーレステレビ」カテゴリーをみると、執筆時点(12月中旬)で72商品がリストアップされています。引き続き大手家電系メーカーが本格参入している状況ではありませんが、ディスカウントストアや量販店などを中心に取り扱われ、生活者にとっては選択肢が広がってきている状況です。
今もなお、リビング・居間において「テレビモニター」が中心にある世帯が多いかと思いますが、動画配信サービスの利用拡大やコネクテッドTVの普及の結果、必ずしも放送コンテンツを映す必要の無い生活者も出現してきているのが実情です。このように毎年新商品が発売され生活者もチューナーレステレビを何かしら目にする機会が増え、特殊な商品から見慣れた商品となっていくことで、徐々に存在感が増してくるように思います。
"好き・興味関心"が起点となるコミュニティの存在感
筆者は当社のシンクタンク「ひと研究所」にも所属しており、その視点で気になるテーマに触れたいと思います。
「新語・流行語大賞」では、トップテンに「界隈」が選ばれています(12月)。もともとは場所や地域に紐づいて「そのあたり一帯」のような意味の言葉ですが、モノやコトに対象を広げてコミュニティを表す言葉として流通するようになってきています。
以前から、特にオタクコミュニティにおいて好む作品などのジャンルや、そこにおけるコミュニティを指す言葉として使われてきた文脈から転じているとみられ、「界隈」のコミュニティとしての特徴は、"好き・興味関心"をきっかけに自然発生的、参加者の関係がフラット、コミュニティの境界線があいまい、などがありそうです。
また、コミュニティ形成の敷居が低く、参加の仕方もSNSを活用しながらゆるくカジュアルでありながら、実際に「界隈」の一員になるには対象への熱量や共感など価値観にもとづいて審査されるなど、若い世代の中で求められる新しいコミュニケーションの形や要素も見てとれます。
個人として主体的・自由でありたい気持ち、その一方でどこかに所属し・安心し・仲間からの承認を得たい気持ち、そして、人間関係の密度は濃すぎず・緩すぎずといった絶妙のバランスが、「界隈」のようなコミュニティの在り方が広まる背景にあるのかもしれません。
このような"好き・興味関心"が起点となるコミュニティは、今後、さらに消費行動やメディアの利用行動へ影響を拡大していく可能性があり、ひと研究所としても、考察を深めていきたいと考えています。
2025年に向けて
11月29日、日本テレビホールディングスから、系列局である読売テレビ放送、中京テレビ放送、札幌テレビ放送、福岡放送が、新たな認定放送持ち株会社を2025年4月に設立し経営統合することが発表されました。また、NHKのインターネット配信必須業務化に伴う具体的な変化が始まるのも2025年になります。このような放送局の変化に加え、TVerの利用拡大の継続や、SVODのオリジナルコンテンツのさらなる台頭などが予想でき、視聴者の変化もさらに加速していく年になるのではないかと思います。
また、企業や機能面からの放送業界の在り方の変化の兆しに対して、放送の中身についても、2025年は考えさせられる機会が多くなりそうです。総務省ではメディア環境が変化する中で"インフォメーション・ヘルスの確保"において、情報の正確性や信頼性の観点で、テレビなどマスメディアが重要な役割を果たすことを期待した議論が行われています。しかし、今年のいくつかの選挙を振り返ると、その前提を共有できない人が少なくないボリュームで存在することが推察されます。
公共性のあるマスメディアが、不正確であること、裏付けのないことは報じない/報じられないという立場に対しては「何かを隠している」という疑いであったり、誰かの発言そのものは事実であっても、その発言内容が誤りである場合、それをそのまま報じることが誤りの拡散になってしまったりといったことが、マスメディアへの批判として一定の世論を形成したのは否定できないと思われます。
この文脈で「オールドメディア」という言葉を見聞きする機会も増えましたが、新興メディアとの対立構造や、例えば正確性の優劣比較は、むしろ今回起きた世論をより先鋭化させてしまうと懸念されます。その意味では、耳を傾けるべき批判については、それを受け止め、自ら修正する取り組みこそが大事になるかもしれません。特に2025年の参院選は、多くの生活者が、同時期に、様々なメディアに対する論評を否応なく浴びることになるでしょう。それが今後のメディアへの評価を大きく左右する機会となるとしたら、そう考えると熟慮できる時間は短そうです。
最後に、5年ぶりにリアル会場を設け、オンラインとハイブリットで開催しましたVR FORUM2024へは、多くの方にご参加を頂き、ありがとうございました。改めまして御礼申し上げます。
本年も大変お世話になりました。2025年もどうぞよろしくお願いいたします。