出版社のコンテンツビジネス 現状と将来像【VR FORUM 2022 レポート】
[登壇者](左から)
株式会社集英社 第3編集部 少年ジャンプ+編集長 細野 修平 氏
株式会社集英社 デジタル事業部 次長 デジタル企画課 課長 岡本 正史 氏
株式会社ビデオリサーチ 企画推進ユニット 次世代メジャメント推進グループマネージャー 佐藤 誠
出版業界の2019年〜2021年の市場販売金額を見てみると、紙媒体が1兆2,000億円台でほぼ横ばいで推移する中、デジタル媒体は同期間に約3,072億円から約4,662億円に拡大成長しています(全国出版協会・出版科学研究所調べ)。出版社は、どのようなデジタルビジネスに取り組んでいるのか。「Contents is KING」の呼び名もふさわしい株式会社集英社から、お二方にご登壇いただき、その最前線の事業について伺いました。
■マンガのプリントアートをECで世界に提供「集英社マンガアートヘリテージ」
株式会社集英社は、デジタル関連事業の直近の年間売上(2022年6月期)のうち、前年比で特に、事業収入が34.7%増と急拡大しています(出所:株式会社新文化通信社)。その成長を牽引しているサービスの一つが、NFTを活用した「集英社マンガアートヘリテージ」です。これは、マンガのプリントアートを販売する越境ECサービスで、2021年3月にスタートしました。同サービスのプロデュースとディレクションを担当している岡本氏によると、同社が直接海外にコンテンツを販売した初めてのサービスとのことです。
マンガをアートプリントとして販売するというアイデアの結実には、コミックスをデジタルアーカイブ化した「CDA(集英社デジタルコミックアーカイブ)」が深く関わっていました。同社がデジタルアーカイブ化に着手したのは2007年。当時は、マンガのセリフ部分は写植で、まだまだアナログな制作がなされていたことが伺えます。その原画のフィルムを高解像度スキャナーで取り込んで、アーカイブ化したとのこと。2012年には、「CDA」のアーカイブデータを利用した、デジタルコミックの総合制作プラットフォーム「集英社マンガファクトリー」の運用も開始。マンガ原画をデータとして扱える素地が整い、デジタルコミック配信、海外版の制作・配信、ファンブックやグッズへの転用など、一気に用途が広がりました。
デジタル化は、マンガがアートであるという発見にもつながりました。マンガを拡大して楽しむことができるようになり、「素晴らしいが、コミックスの版型のサイズでしか見ることができないのは、もったいないのでは」と岡本氏は思い始めたとのこと。さらに、2019年の大英博物館で開催された「マンガ展」の世界的な成功も、「マンガはアートである」という確信の後押しになりました。このような経緯から、「集英社マンガアートヘリテージ」のローンチに至っています。
■NFTを活用し、世界市場での信用に
同サービスは、原画データをもとに、ビンテージの印刷機でのプリント、美濃紙などの伝統工芸とのコラボなどを企画し、アート作品を新たに生み出して販売しているところが特徴です。また、原画データも紙やインクの劣化をレタッチして、当時の仕上がりを復元する作業も実施しています。これに対し、ビデオリサーチの佐藤から「原画にNFTを付けて販売していいのでは?なぜ、手間暇かけているのか?」と疑問を投げかけると、「原画そのもの=表現の最終形態ではない」と岡本氏。あくまでプリントしたものがマンガ作品という考え方が同社のスタンスとのことです。原画データの切り売りではないところが、ユニークで可能性が広がっている点と言えるでしょう。
さらに、冒頭でも触れたように、「集英社マンガアートヘリテージ」では、アートプリントというリアル作品の「デジタル保証書」としてNFTを活用しています。NFTとは、ブロックチェーン技術によって作品などが唯一無二であることを証明するもの。今回はリアルのアート作品に利用している点が、注目すべき特徴となっています。一般のアート作品の価値証明にブロックチェーン技術を使う手法は、スタートバーン株式会社が「Startrail」というNFTサービスで提供しています。株式会社集英社も「集英社マンガアートヘリテージ」のサービスを実現するため、同社と提携しています。
アート作品の価値は、従来は著名なギャラリーや美術館、オークションハウスなどで決まっていくことが多かったと思われます。ただ、これまでの権威に紐づく市場に参加するのではなく、まったく新しい市場を作ることを目指し、開かれているNFTを"インフラ"として選んだとのこと。また、集英社という日本の一企業が保証するよりも、ブロックチェーン・NFTの活用で作品を保証するほうがグローバル市場に対して説得力があると考えたそうです。
■将来、日本の美術品市場をマンガアートが凌駕する!?
日本の美術品市場は、世界市場の「その他11%」の領域に分類されるほど小さいのが現状です(出典:Art Basel & UBS The Art Market 2020)。「全体では1%にも満たないのではないか」と岡本氏は語ります。しかし、そのぶん伸びしろの大きさは計り知れません。
その日本市場の総額は、約3,590億円(うち2,580億円がアート作品)となっています。(出典:「日本のアート産業に関する市場調査2019」(一社)アート東京・(一社)芸術と創造)。この数字はデジタルコミックの年間売上と同程度のため、決して狙えない数字ではないと岡本氏は見ています。今後の展望として、5年でマンガアートの市場を100億円、10年で日本画を超えるような実績(500億円)を目指すとのこと。岡本氏の話を受け、佐藤は「『集英社マンガアートヘリテージ』は、単なるコンテンツのマルチユースにとどまらず、高いクオリティのコントロールを実現しているところが、注目の事業だと思う」と大きな期待を寄せました。
■読者は毎週600万超え!マンガ誌アプリ「少年ジャンプ+」
同社の成長を牽引しているもう一つのデジタル事業が、2014年にローンチされた「少年ジャンプ+」です。「ジャンプを超えるオリジナル・マンガをつくる!」をコンセプトに、オリジナルの連載作品は70本以上。ダウンロード後、連載中のオリジナル作品は初回に限り、全話無料で読むことができます。また、デジタル版「週刊少年ジャンプ」も購読できるサービスとなっています。「少年ジャンプ+」編集長を務める細野氏によると、2022年11月時点で、アプリのDL数は2,200万を突破。Webでの閲覧も含めると、WAU(ウィークリー・アクティブ・ユーザー)は600万とのこと。佐藤は、「自分が小学生のころ、『週刊少年ジャンプ』が600万部以上発刊されていて、勢いがあった。そのときと同じイメージで間違いないか」と問うと、細野氏は、「『週刊少年ジャンプ』が黄金期とされる時代は、回し読みされていたことも考えると、実質的には約1,000万人に読まれていただろう」と語り、WAU1,000万というベンチマークになっているとのことです。
収益は、1話ごとのレンタル課金と、広告収入、電子版コミックス販売、電子版雑誌販売がビジネスモデルの中心になっています。中でも、収益を上げるというよりは、マンガ市場全体の盛り上げを狙い、広告収入の50%を作家さんに還元していると言います。この取り組みに対して、佐藤は「新しい作家の育成につがっているのでは」と指摘。それを細野氏は肯定し、「1話ごとに閲覧数が出るため、作家のモチベーションにつながっている。また、読み終わった後に広告を見ると広告売上が作家さんに還元される企画も実施し、 "投げ銭"的な試みも行っている」と語りました。
■「マンガをデジタルで読みたい!」という潜在ニーズの発掘
同社では、2012年から「ジャンプBOOKストア!」でデジタルコミックスの販売を開始。これはKindle上陸よりも早いタイミングでした。上陸後、細野氏いわく「Kindleに圧倒されるか」と思ったそうですが、固い売上を保持したため、デジタル市場に読者がいることを実感したそう。そこで、2013年にはデジタルの読者向けに雑誌の増刊号的な位置づけで「ジャンプLIVE」のサービスをローンチ。マンガだけでなく、アニメ、ゲーム、動画など、さまざまなコンテンツを試しました。その結果、「やっぱりみんな、マンガが読みたいんだなということがわかった」と細野氏。そこで、満を持して2014年に「少年ジャンプ+」のローンチに至ったということです。
セッションでは、紙媒体との比較についても触れられました。「少年ジャンプ+」の読者層は、平均年齢28〜29歳。ローンチ当初は男性が多かったものの、現在は男性60%、女性40%となっており、紙媒体と比較するとやや女性比率が高く、増加傾向にあります。圧倒的な違いは、マンガのボリュームです。配信ページ数は、月4,000〜4,500ページほど。「紙媒体の『週刊少年ジャンプ』が1号あたり約500ページなので、毎月8〜9冊分の週刊少年ジャンプ(紙)を配信している計算」と細野氏。よいマンガがあれば、どんどんページを増やせるのがデジタルのメリットと語ります。
■良質のマンガを生み続けるため、環境整備とデータ利活用に注力
今後、さらに事業を拡大するためには、よいマンガをたくさん提供することが不可欠です。そのために鍵になるのは"新人発掘"ではないかと、佐藤が意見を求めると、細野氏は同社の成長戦略の一つが、「新人主義(ヒットのグロース・サイクルを回す)」であることを明かしました。具体的には、「ジャンプルーキー!」というマンガ投稿のプラットフォームを2014年より用意しています。驚くべきはそのボリュームで、月に2,000人以上、作品数にして3,000〜4,000作の投稿があるとのこと。ここを活用し、新人作家の発掘や編集者との接点づくりを強化していく方針です。
また、週刊少年ジャンプは読者アンケートによってニーズを掴んできましたが、デジタル化によってさまざまなデータも取得できるようになりました。そこで、「『週刊少年ジャンプ』のアンケート・システムを超える」も戦略として掲げ、アンケートシステムを超えるようなフィードバックシステムをつくり、そのデータ利活用によってマンガをヒットさせていく考えです。このほか、コメント欄やSNSを活用した「ライブ感の醸成」も、戦略の一つ。「読者が、最新話を読み、SNSなどでの盛り上がりを求めていると実感している。その広がりの加速をアプリ内でしていきたい」と細野氏。新たな領域に挑み続ける姿勢を示しました。
出版業界の新たな潮流をキャッチアップするセッションとなりました。佐藤は、その動向をビデオリサーチとしても引き続き注目する姿勢を示し、「今後、コンテンツ領域でのデータやサービスの提供を通じての貢献を行っていきたい」とセッションを結びました。
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