データとテクノロジーが拓く新聞ビジネスの未来【VR FORUM 2022 レポート】
[登壇者](右から)
株式会社電通 新聞局長 新井 秀夫 氏
株式会社日本経済新聞社 執行役員 牧江 邦幸 氏
株式会社ビデオリサーチ メディア・コミュニケーション事業ユニットマネージャー 大竹 一正
メディアプランニングの潮流は成果重視の運用型へとシフトし、データやテクノロジーを駆使した高度化や最適化が広告ビジネス全体に求められるようになりました。一方、広告主においては社会におけるパーパス(企業価値)や事業におけるサステナビリティ(継続性)が重要視されるようになり、これらを発信する手段としての広告の価値も見いだされています。今回は株式会社日本経済新聞社(以下、日経)執行役員の牧江 邦幸氏、株式会社電通 新聞局長の新井 秀夫氏をお迎えし、広告主の課題に対する新聞メディアならではの解決方法を伺いつつ、今後の新聞ビジネスの未来に繋がるヒントを探ります。
■新聞ビジネスを取り巻く概況:発行部数、接触率は右肩下がりも広告への信頼度はトップ
最初に新聞ビジネスを取り巻く概況について、当社の大竹が解説。
新聞協会が発表する発行部数データ、電通「日本の広告費」による新聞の広告費は、いずれも2000年以降右肩下がりが継続し、直近10年スパンでは3割以上減少しています。さらに当社の生活者メディア接触調査「MCR/ex」によると、関東地区における新聞メディアへの接触率は2012年から2022年にかけて34.8%→8.5%と大幅に減少。
その一方、「質的なデータで見ると、また異なる側面が見えてくる」と大竹。2022年3月まで行われていた全国新聞総合調査「J-READ」によると、「情報の内容が信頼できるメディア」として新聞を挙げた割合は58.7%。「6割弱の方は新聞に対して非常に信頼を持っており、新聞=信頼のメディアということが直近のデータでも示されている」と大竹は強調します。
さらに、広告に対する意識を分析します。当社の生活者行動調査「ACR/ex」における2022年度4~6月度、男女12~69歳の7地区計データでは、「信頼できる広告である」、「広告の内容をしっかり見る」という項目において「新聞広告」を挙げる割合が非常に高く、新聞は広告主様が訴求したい内容をきちんと届けられるメディアであることがわかります。
「前段は量的な面から厳しいお話をしていましたが、質的なデータで見ると、相変わらず新聞は信頼されていることがわかります。生活者の皆様に安心を届けられており、掲出される広告についても信頼を受けていることがデータのうえでも証明されています」(大竹)
これに対し牧江氏は、「貴重な時間を新聞媒体に振り向けていただくため、新聞としてのコアバリューは何か、われわれ新聞社として提供できる価値は何かをもう一度問い直す必要が出てきている」と緊張感を示す一方、「コロナ禍においてはデジタル含め、新聞メディアの読者が増えた」とコメント。「信頼性を求めるとき、情報源として新聞をご評価いただいていることは、私どもとしても大変ありがたい」と希望を示します。
「いろんな方が読む新聞には、社会の掲示板のような役割があると考えます。日経でいえば『ビジネス界の掲示板』。いま何がどこで起こっているのか、そして企業の方々がいま何に取り組もうとしているのかを表現していただく場として評価をいただき、続けていきたいと思います」(牧江氏)
■信頼度と公共性を生かし、社会課題に対する企業取り組みの"起点の場"に
情報源として高い信頼度を持ち、企業におけるブランドメッセージ発信の場として大きな可能性を持つ新聞メディア。こうした独自の強みは具体的にどのような形でビジネスへと展開されているのでしょうか。「新聞ビジネスの『いま』」について、大竹が牧江氏に尋ねます。
「新聞のコアバリューは真面目さ、誠実さ、社会性の高さ、公共性にある」と牧江氏。
「ブランドの皆様は、気候変動や海洋汚染といった地球的、社会的な課題と向き合う必要が出てきている」とし、「これらのメッセージを出していただく場として、新聞の未来があると考える」といいます。
これを踏まえ牧江氏は、年間を通じた企業伴走型のプログラム「脱炭素プロジェクト」や、資源、サーキュラーエコノミーに対する取り組みを企業が発信する「SDGsフォーラム」など、日本経済新聞としての取り組みを紹介。企業広告を表彰する「日経広告賞」においても2022年から「パーパス・ESG部門賞」を創設し、企業のパーパス(存在意義)・ESG(環境・社会・ガバナンスへの配慮)への取り組みを発信、評価していると語りました。
一方、媒体として新聞メディアを扱う広告会社ではどのような取り組みが行われているのでしょうか。続けて新井氏に尋ねます。
「広告会社としても、日々複雑化するクライアント企業の課題解決が求められている」と新井氏。「かつては広告スペースを売り買いするのが生業の中心だったが、(電通の媒体局である)新聞局でさえも(クライアント企業に)課題解決を提案しなければいけない時代」と語ります。
「電通グループはいわゆるB2B企業でしたが、最近はその先にある『社会』を見据え、B2B2S(B Business to Business to Society)の概念をグループCEOが宣言しました。こうした事業領域でビジネスを展開するにあたり、日経さんをはじめ公共性、公益性の高い新聞社は、社会課題解決のためのパートナーとして非常に最適な存在です」(新井氏)
新井氏は電通と日経の取り組みとして、「Well-being Initiative」「GDW(Gross Domestic Well-being)」の2つを紹介。
SDGsの次のグローバルアジェンダを「ウェルビーイング(Well-being:豊かな暮らし)」にしていくことを目標に産官学で連携する「Well-being Initiative」では、参画企業の社長や経営陣が一堂に会し、セッション形式で議論を深めているほか、これまでのGDP(Gross Domestic Product:国民総生産)に代わる新たな社会指標として「GDW(Gross Domestic Well-being:国民ひとりひとりの暮らしの豊かさ)」を提唱。「協賛企業とともに日経新聞体を通じて発信し、広く経済産業界に提言している」といいます。
牧江氏、新井氏の話を受け、大竹は「カーボンニュートラルのような社会課題に解決に向けた取り組みや、パーパス・ウェルビーイングといった企業の志、もしくは企業の信念を表明することが企業の価値向上に繋がっていく」とコメント。そのうえで、「こうしたメッセージを発信する"起点の場"として新聞がある」と、その意義を強調します。
■データとテクノロジーを駆使し、効果測定・露出の価値を大幅拡張。日経が進める「新聞広告IoT宣言」
「かねてより新聞は広告効果が見えないとブランドの皆さんからご指摘を受けてきた」と牧江氏は語りつつ、「それに対する一つの答え」として、2018年12月に日経が発表した「新聞広告IoT宣言」について紹介します。
「新聞広告IoT宣言」とは、インターネットテクノロジーを駆使した新聞の価値向上の取り組み。発表翌年の2019年には、新聞協会賞 経営業務部門を受賞しました。
その具体的な内容として牧江氏は、「ビジネスの情報に非常に敏感な人たちで構成されている1000万件以上のデータベースの、ファーストパーティーデータである『日経ID』」と、デジタル上で紙面を閲覧できる「紙面ビューアーアプリ」を組みあわせた効果分析を紹介。「紙面ビューアーアプリ」の閲覧ログから各紙面における滞在時間を計測し、「日経ID」の属性データとかけあわせることで属性別の注目率や滞在時間を分析することで、広告がどの層に対してもっとも訴求できたかを測定できるといいます。
さらに過去3年にわたって蓄積構築した広告クリエイティブのデータベースと組み合わせることによって、「コピーをどこに置けば注目のされ方が変わるかなど、効果的なクリエイティブの形が見える」と牧江氏。「将来、ブランドの皆様にも、クリエイティブ改善に繋げていただくデータとして活用していただきたい」と期待を語ります。
続いて牧江氏は、ソーシャルメディア上でブランドボイス(広告クリエイティブ)をツイートしてブースト(拡散)させる取り組み「日経ブランドボイス」を紹介。「読者の皆さんが『こんな広告を見た』とソーシャルメディアにツイートすることで、広告のインプレッションが明確にスパイクしている」とTwitterのアナリティクスデータを示しながら、「新聞広告が世の中の議論の起点になるメディアであるとデータの面からも示すことができる」と自信をのぞかせます。
さらに「面で読者の方を捉え、タッチポイントを増やすことで広告効果を最大化する取り組み」として、牧江氏はテレビ東京の番組「アイディアの扉」と「日経電子版」、タクシー車内の動画広告を連動させた広告商品の事例を紹介。「アイディアの扉」にて企業トップや事業責任者が行った3分間のプレゼンについて、放送翌日から「日経電子版」上で詳細なタイアップ記事を公開、視聴者のさらなる理解を誘導しています。
「テレビで視聴した内容を記事でもチェックし、フリークエンシー効果で理解も深まる。テレビの実視聴ログデータを元にした電通のマーケティングプラットフォーム「STADIA」や「日経ID」を活用したターゲティングも可能です」(牧江氏)
このほかにも日経では、羽田空港でのディスプレイ広告「フューチャービジョン」や、東京駅でのOOH(Out Of Home:屋外広告)との連携も強化しているほか、新聞広告にスマートフォンをかざすことでリッチな広告クリエイティブにアクセスできる「日経VR・AR」を展開。牧江氏は「点ではなく線、線ではなく面にコンタクトポイントを増やすことで、ブランドの声をより広く効率的に届けていく」と、その効果を紹介します。
■良質な「新聞読者層」の"アクチュアルデータ"取得が可能に。「メディアとしての信頼が可視化される」
大竹は前半を振り返り、「紙媒体であった新聞にデジタルなデータとのテクノロジーをかけあわせ、映像や音声を駆使したデバイスの拡張を図るとともに、多面的なコンタクトポイントをボーダーレス、シームレスに広げる取り組みがなされている」と統括。「新聞の『いま』ということでお話いただいたものの、すでにこの時点で未来の話に踏み込んでいる」と語り、議題を「新聞ビジネス、新聞広告のビジネスの未来」へと進めます。
「このコロナ禍によってDXが一気に加速している。もはやデジタルを無視できる新聞社は1社もいない」と新井氏。その一方、「デジタルになって生じた恩恵は『データが取れる』こと」といい、日経の「紙面ビューアーアプリ」を通じて取得されたデータの有用性を語ります。
現在、約30万人のMAU(Monthly Active User:月間アクティブユーザー)を抱える「紙面ビューアーアプリ」では、PCやスマートフォンを通じてのアプリ接続時間や、紙面ごとの閲読率、閲読時間が取得可能。「これらを『日経ID』と掛け合わせることによって、どんな人が見ているかまで把握できる」と新井氏は語り、「日経ならではの特性を持った、非常にリッチなデータが取得できる」と強調します。
「オフラインメディアの宿命として、これまで新聞メディアはアクチュアルデータが取れないという弱点を抱えていましたが、『紙面ビューアーアプリ』のデータを活用することで、『J-MONITOR(新聞広告共通調査)』など、これまで行ってきたアスキングベースの広告接触評価に加え、紙面の具体的な見られ方を"疑似アクチュアルデータ"としてクライアント企業にレポートできる時代になりました」(新井氏)
さらに新井氏は「紙面ビューアーアプリ」のデータについて、「掲載して数日後にレポートを納品でき、すぐに検証して次の手を考える時間が作れる」といい、「日経さんからいただけるデータと、クライアント企業が自社で取っているデータとマージすることによって、さらに詳細な分析ができる」とメリットを強調。「デジタル化によって新聞メディアもアクチュアルなデータが取れるようになり、マーケティングPDCAの高速化にいよいよ乗っかれる時代が来た」と大きな期待をのぞかせます。
「良質なターゲットが多い新聞読者層のアクチュアルデータは、新聞社様にしか取れない貴重なデータ。メディアとして生活者から信頼されていることをデータの面から可視化することによって、新聞メディアはクライアント企業様にとってより有効に活用いただけるメディアとなるでしょう」(新井氏)
一方、牧江氏は「信頼性のメディアであると同時に、データによっていろんなブランドのアクティビティを可視化していく」とコメント。「可視化ノウハウをブランドのコンテンツ制作に生かして、いろんな情報発信のお手伝いをしたい」と語り、各種統計データの視覚化を目指す取り組み「日経ビジュアルデータ」を紹介します。
「日経ビジュアルデータ」では、企業や商品の歴史、気候変動による海面上昇の現状などを、図表を用いたインフォグラフィックの形式で可視化。2019年のラグビーワールドカップ開催前には、イラストを多用したルール解説を展開しました。
牧江氏は、「新聞社というと、どうしても文字という連想が強い」としつつ、「(可視化を得意とする)われわれとしてはグラフィックや動画などの(視覚情報を)多用することにより、より広い層に深くブランドの声をお伝えするお手伝いをしたい」とコメント。「日経はいま、データや情報を視覚的なコンテキストに変換する、新しいビジュアルの使い方へ取り組まれている」として、大竹はまとめました。
■新聞固有の価値が生む"広告効果"の可視化をーー 新聞社、広告会社がビデオリサーチに期待する役割
データとテクノロジーを味方に付けた新聞ビジネスは、今後どのように発展していくのでしょうか。
牧江氏は「新聞の強みは公共性、信頼性」と再度強調したうえで、「社会課題を解決しようとするブランドの声を伝えるにあたっては非常に効果的で、なおかつブランドセーフティも担保された環境」とコメント。「報道の質や正確性を見極める審美眼を持った"良質なオーディエンス"を抱える点も新聞媒体の誇れる点」とし、「新聞は、社会的な波及力を持つ拡散の起点となりうるメディアである」と、あらためてその強みをアピールします。
「文字情報だけでなく動画やグラフィックで表現していますが、こういったノウハウをブランドの皆様にご提供させていただき、この流れをさらに加速させていくことが目標です。Web3.0など、いま議論されている次世代のデジタル技術についてもさまざまな布石を打ち、未来に備えていくことに取り組んでいきたいと思います」(牧江氏)
一方、新井氏は「クライアント各社から、『データがなさすぎる、データがあれば社内を通せるのに』というお言葉をよくいただく。データの整備が業界としても課題と考えている」とコメントしつつ、新聞メディアに対する信頼度の高まりを示すデータとして、日本新聞協会による調査結果を示します。
「コロナ以降、10~20代の若者を中心に新聞への信頼感、説得力、関心度がいずれも向上しています。実際、紙の新聞はメディアとしてかなり信頼度が高いことがわかる。『新聞の強み=新聞広告の強み』とするならば、新聞広告の信頼度、提言力が世の中にはまだまだ認められているということがデータのうえでも明らかとなっています」(新井氏)
「情報がわかりやすい、信頼できるということを理由に新聞に触れる生活者が増えていることからも、まだまだ新聞広告、新聞メディアには可能性が残っている」と新井氏。「新聞広告の信頼性、安心感、提言力といった根源的な価値をベースにしたうえで、その広告効果をきちんとデータにし、可視化することが何よりも喫緊の課題」と語り、「ビデオリサーチさんのお力をお借りし、データの可視化、データの提供に注力したい」と要望を述べました。
「牧江氏と新井氏にご紹介いただいた事例には、当社の事例が登場すべきであり、猛省を感じる」と大竹は語り、「今後取り組まなければならない宿題を、今回はたくさんいただいた」とコメント。「今後当社は第三者的な立場からデータの可視化を進め、メディアの価値化に繋げる動きを加速させていきたいと思います」と決意を示しました。
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